ぼうっと線路を見つめていた。線路が自分を呼んでいる気がした。このまま落ちるだけで楽になるなあ、そう思った。
「まもなく3番線に電車が参ります……」
あ、もうすぐ電車が来る。どこかで冷静なもう1人の自分が囁いた。分かってる。もう1人の自分が答える。線路が呼んでる…
プゥヴァン!!!!!!!
ハッとした。冷や汗が垂れる。ヤバい。今ウチ、普通に線路に落ちようとしてたわ……。電車の汽笛が鳴らなかったら、今頃……。ドクドクと心臓が鳴るのを感じた。
危ない。ウチが死んだら残された弟と妹が借金地獄になっちゃう。ただでさえ金ないのに……。危ない、ほんと危ない。
必死に探した相談できそうな人物。思い浮かんだのは「アカネ」で
電車が止まり、扉が開く。ドクドクと心臓が動いているのを周囲にバレないように、私は平然としたふりをして電車に乗り、座った。
座りながら、私はすっかり覚めた頭で考えた。やばかったよ、今のはやばかった。ほんとに死のうとしてたよ、ウチ。てか、人が死のうとするときってこんな感じなんだ。何も考えてなくて、ただ死が呼んでいるようなそんな感じなんだなあ……。
まずいなあ。次もし勝手に身体が動いて、死んじゃったらほんとに残された弟と妹が大変なことになっちゃうよ。死ぬ前に流石に誰かにヘルプしないと……。でも、誰に?どうやって?
私は必死で相談できそうな人物を頭に挙げた。
お父さんは例外……。弟と妹には話せるわけない。心配かけちゃうし……。幼なじみのモモコ?いや、今東京にいるから直接話すのは無理だ……流石に重い内容だから直接話したいしなあ。お父さんの元恋人のハコさんとか?いやあ、お父さんと付き合ってた時はまだ良かったけど、流石に父親と別れた人を巻き込む訳にもなあ……。
うーん……考えているうちに、1人の友達が思い浮かんだ。アカネ。アカネだったら話せるかも。
飛んできてくれた彼女は、私の目を見つめ「ゆっくりでいい」と言った
アカネは看護学校の友達の1人である。派手な顔立ちと男勝りな性格で昔はよくいじめられていたらしい。屈しなかったらしいが。
アカネだったら、きっとすごく重い話でも聞いてくれるかも。私が死ぬ前に止めてくれるかもしれない。
その日、話すのは早めの方がいいと思い、私はアカネにすぐLINEをした。アカネは飛んできた。
「何?どしたん?いいよー、ゆっくりで。アカネまじ時間だけはあるからさ」
アカネの顔を見るとほっとする。ほっとするのに……言葉が出ない。私は自分で言うのもなんだが普段はすごく明るいキャラである。そんな自分が……死にたいって。死のうとしたって言ったら?この友達は引いてしまうだろうか?それとも心配する?必要以上の心配はかけたくない……。
「いいよ、ゆっくりで」
私の目を見つめてアカネが言う。その言葉を聞いた瞬間、言葉が溢れた。
話しているうちに、とめどなく零れた涙。忘れられないアカネの目
自分の母親が統合失調症であること、小学校3年生の時から入院していて、もうきっと戻って来られないこと、入院費でお金がなくなった父は借金にまみれ、自分や弟妹に暴力を振るうようになったこと、時々食材も買ってこないのでなんとかバイトのお金で弟妹のご飯を用意していること、父親の恋人であるハコさんはすごく優しかったけれど、家でSEXしてる音が聞こえて死ぬほど気持ち悪かったこと、それ以上に父と母がもう元には戻らないことを悟ってすごく悲しくなったこと、看護学校の実習が終わって疲れ果てて帰った時に家が荒れていると悲しくて辛くて仕方のないこと、弟が殴られている時の叫び声で泣けてしまうこと……。
本能で、ここで話さないと、自分は本当に死んでしまうと分かっていた。自分が怖かった。話しているうちに涙がとめどなく零れた。アカネの目からも。
最後に私はこの前、気付いたら死のうとしていたことを正直に話した。アカネは「わかるよ、アカネもいじめられてた時、ほんとに死にたいって思ったもん。いじめでさえ、そう思うんだからね、そんなん死にたくなるよ」と言った。アカネに話して本当に良かった。
全てを吐ききったからか、それとも今までの我慢を涙で流したからか、私はすごく心がすっきりとしているのを感じた。こういうのを、肩の荷が降りた、って言うのかなあなんて思った。ちょっと違うか。
「話してくれてありがとうね」
アカネが私の目を見て言う。
「ううん、ほんとに本当にありがとう」
私もアカネの目を見て言う。何か状況が変わったわけじゃない。けれど、あの時は夕方で、アカネの目は残った涙が夕日に反射して少しキラキラしていた。あの日のアカネの目を私は一生忘れないと思う。