去年の秋、22年ぶりに髪を短く切った。
自分以外の人から見たら、どうということもない些細なこと。「だからどうしたの?」と思われるかもしれない。でも、私にとってはとても思い切ったことだった。

「切らないで。俺、ロングヘアが好きなんだ」

23歳のときに結婚した、今の夫と付き合い始めた頃。それは大学に入った年の夏だった。高校生の時にショートヘアだった私は、受験時期に美容室に行かないで済むように、しばらくはゴムでしばれるくらいに髪を伸ばしていた。

第一志望ではないものの、自分の好きな勉強ができる大学に合格し、学生生活を送り始めていた。大学で出会ったのが、後に夫となる当時の彼氏。彼は一浪して入学した一つ年上の男性だった。将来の夢に向かってしっかり勉強して、趣味の音楽も楽しむ彼と一緒にいる時間は楽しいものだった。

彼と一緒に過ごしていたあるとき。伸ばし続けていた髪が邪魔になり、私は「そろそろ髪を切ろうかな」と何気なく言った。彼は「切らないで。俺、ロングヘアが好きなんだ」と強く言った。 自分の髪型に意見をされたのは生まれて初めてだった。
少しばかり違和感があった。

でも、髪型にそこまでのこだわりがなかった私は、髪を短くするのをやめた。それからはロングヘアを維持して生きてきた。

切れない髪。ストレスは22年かけて積もり続けた

大学を卒業して1年後、彼と当たり前のように結婚した。就職氷河期でも堅実に就職を決めた彼。私は時間の融通がきく派遣の仕事をしながら彼を支えた。

夫となった彼は、それからも「髪が長いのが好きだ」と、時々言った。私は髪が切りたいと思っても、夫の言葉を思い出し、切ることができなかった。人をがっかりさせるとわかっていることを、わざわざやろうとは思えなかった。
でも、自分の髪型を自由に決められないなんて、やっぱりおかしい。

その後2人の子どもに恵まれ、子育てが私の生活の中心になった。「髪を切ろうかな」と言うと、そのうちに、小学生の息子までが「ママ、髪を短くしないで」と言うようになった。
そんなことを言うなんて。「夫の影響に違いない」と思った。息子には「自分の髪型は自分が決めるの。他の人が意見することはできないよ」と話して聞かせた。
私のストレスは、ほんのちょっとずつ、だけど22年分が積もり続けていた。

22年ぶりに会えた自分。夫は驚きながらも「似合うよ」と言った

絶対に髪を切るんだと自分に言い聞かせて、行きつけの美容室を予約した。美容師さんから「今日はどうしますか」と聞かれたので、「ばっさり切りたいと思います」と伝えた。
ドキドキしたが、「もう夫の顔色を気にしないぞ」と鼻息荒く決心した。「いいじゃないですか」と美容師さんは鏡越しににこっとしてくれた。

いつもは微調整だけのカットだったけど、ざくざくと髪にハサミが入っていく。

鏡の中には22年ぶりに会う自分がいた。
今まで何に気を遣っていたのだろう? ずっと髪を短くしたかった。襟足がスース―して気持ちよかった。すごい達成感。
それまで、人の期待に応えようとするばかりで生きてきた。でも、人を裏切ってまで自分のやりたいことをやるって、こんなに気持ちよかったの? もっと早く知りたかったよ。
家に帰り、息子は「髪切っちゃったの?」とがっかりした顔を見せたけど「いいでしょ?」と私は頭を触って見せた。

夫は何というだろう? もし文句を言われたら……と考えて、反論するシミュレーションを頭の中で繰り返した。
仕事から帰ってきた夫は、私の頭を見るなり驚いたようだったが、「似合うよ」と言ってくれた。戦闘モードになっていた私は、それだけ?と少しばかり拍子抜けした。でも、イラつくようなことを言われずにほっとした自分もいた。

今度は何をやろうかな? わきまえない自分の方がずっと大好き。