中・高生時代、学校の次に長く過ごした場所が図書館だった。
実家が山奥で、母に車で送迎をしてもらっていた。フルタイムで働いている母が迎えに来るのはちょうど図書館の閉館時間ギリギリ。なので、授業や部活が終わると図書館に向かい、母の迎えを待っていた。

刺激的で美しい文章に、躊躇しながらもあっという間に取り込まれた

そこで私が出会ったのは石田衣良さんの「娼年」。
図書館では国内文芸の本を作者のあいうえお順に並べている。時間を持て余した私は、作者順の1番目から順番に読んでいた。「あ」から始まる作者の本を読み終え、「い」から始まる作者に移り、石田衣良さんの「娼年」に出会ったのだ。

「娼年」は、会員制ボーイズクラブの女性オーナーに誘われ、とまどいながらも娼夫の仕事をはじめた主人公(リョウ)と、その周りの女性たちや従業員のお話。さまざまな女性の中にひそむ欲望を描いている、長編恋愛小説。
絶賛思春期中だった私には、性的描写もあり、かなり刺激的な内容だった。40ページを過ぎたあたりで「私がこの本を読んでいてもいいのかな」と、躊躇したことを今でもよく覚えている。

そんな葛藤を抱きながらも読み進めていくと、いつの間にか躊躇していたことなんて忘れていた。それほど、この本の中に収められた文章が美しかったのだ。
登場人物たちの心の動きと周りの景色や空気感の表現がリンクしていて、あっという間に、本の中の世界に取り込まれた。そして、時に醜いといわれることもある女性の欲望を、私はとても美しく感じた。それはきっと、主人公のリョウくんがどんな欲望も否定せず受け入れてくれる男性だったからだと思う。

普通を意識した立ち振る舞いからの解放。私はもっと自由でいいんだ

1冊読み終えた時、私の心はすっと軽くなった。「なんだ、もっと自由でいてもいいんだ」そう静かに思った。
私は、仲の良いグループでの恋愛や性的な雑談をする時、相槌は打つものの、「う~ん、なんか違う気がするなぁ」「理解はできるけど、あんまり共感はできないなぁ」と思うことが多かった。もしかしたら自分の恋愛観や性的嗜好は人とずれているのではないかと感じていた。だからこそ、みんなと同じこと、一般的で普通であることを意識して立ち振る舞っていた。
そして、気づかないふりをしていたけれど、私の心はずっと前から意識して立ち振る舞うことに疲れていたのだ。

この本を通じて、さまざまな欲望や価値観を持つ登場人物たちに出会った。出会えたことで、自分の心と向き合い、ありのままの自分をすんなりと受け入れることができた。
心の変化は、恋愛や性に関することだけではない。どんなことでも、「自分の心を否定しなくてもいいんだ」。
そう思えるようになっていた。自分のことを好きになれていた。

高校を卒業する時に文庫版を購入。心の声に向き合い寄り添うお守りに

そして、高校を卒業する時に、文庫版で「娼年」を買った。いつでも図書館に行けば読めるけど、お守りとして手元に置いておきたかった。
人と違うところが気になった時、コンプレックスを気にしちゃう時、ちょっと落ち込んでいる時、そんな時に私はこの本を読む。読むことで自分の心と向き合い、心の声に寄り添うようにしている。

そして現在、さまざまな人の心に向き合えるリョウくんのような存在に憧れて、私は大学で心理学を専攻している。
まさか、たまたま図書館で読んだ1冊の本が、ここまで私の人生に大きな影響を与えるとは、その時の私は思ってもみなかった。だからこそ、1冊1冊本との出会いを大切にできる人でいようと思うようになった。
これからも、私の人生を鮮やかにしてくれる素敵な本たちと、自分の心を大切にして、私は生きていく。