私は小学1年生で「図書館」という概念を得てから、寝る間も惜しんで貪るように本を読んだ。知らない世界がまるで目の前に広がっていて、未熟な私には楽しすぎた。
何度も繰り返し読んだ本もたくさんあるし、手元に置いておきたいと思って買った本もある。
その中で今の私のルーツとなる本は幾つもあるが、とりわけ重要だったのは香月日輪先生の『妖怪アパートの幽雅な日常』略して『妖アパ』という本だ。

28年生きてきて実感する、幼い日に読んだ「人生は長い」

妖アパの中の一文に、私は人生を救われている。
それは第1巻に書かれている「君の人生は長く、世界は果てしなく広い。肩の力を抜いていこう」という文章だ。
28年生きてきたから分かることだが、人生は子どもの頃に想像したより遥かに長く、何一つ思い通りにはいかない。小さな失敗も、大きな悲しみも、全て自分の中へ収まっていく。
肩肘張って生きる人生は、とても窮屈で冷たい世界だ。

主人公は両親を亡くした高校生。おじさんおばさんの厄介になることを申し訳なく思い、高校生に上がるタイミングで寮に入って自立しよう!商業科で学んで高校卒業後は、すぐに社会人になって負担にならないようにするんだ!
そんな青春物語。

『妖アパ』が良い子であろうとする私を開放してくれた

中学生でこれを読んだ時、「なんて立派なキラキラ輝くお兄さんなんだ」と感動した。自分を律することができて、勉強もできて、自分のことを自分以上に分かってくれる友人もいる。主人公は私の理想的なお兄さんだった。

でも、物語はそう上手くいかない。なんと入寮するはずの寮が火災で焼失してしまったのだ。自立することに意気込んでいた主人公の前に救いの手を差し伸べたのは、本物の幽霊たちが住むアパートだった!
そこには百戦錬磨のちょい悪な人間のおじさん達がいて、人間以上に人間らしい幽霊がいて、めちゃくちゃ美味しい料理を作ってくれる幽霊がいて……。
さらにはすっごくクールな超有能な霊能者まで登場する。黒髪ロングヘアで見た目は若いお兄さん!
妖アパは私の夢を詰め込んだような作品だ。こんなふうになりたい、こんなことがあったらいい、あんな人が現実にいたらドキドキしちゃう。

そのドキドキの塊、霊能者は主人公とは全く違う視点から「人生は長い」と言った。主人公に向けた言葉だったが、それは読者の私にも向けられた言葉だった。
親にとって良い子であろうとした自分を解放する言葉。そして地元で一番良い高校に入って、大学に上がって、社会人になるという自分で敷いたレールから外れてもいいよと教えてくれる言葉でもあった。

ご飯をまともに食べられなかったときも、頭に浮かんだのは

中学生の時も感動したが、妖アパが私の中でもっと輝いたのが大学生時代から社会人になる頃。
大学生時代、私はうつ病になった。授業に出れない日が続いた。何をするのも億劫で、ご飯さえ投げやりだった。
うつ病になった自分を社会的にいらない人間だと思ったし、この先生きていてもどうしようもない、「周りのみんな」と違ってしまった私は「元に戻れない」と責めていた。
そんな状況でも不思議と、あの本読みたいなあと思い出すことがあった。そして再び「君の人生は長く、世界は果てしなく広い。肩の力を抜いていこう」と教えてくれた。
私には、私だけの世界がある。それは誰かと比べられるものじゃなく、無限の可能性がある世界だ。うつ病でちょっと足を止めるくらい、なんてことはない。人生の夏休み的な期間。
大学だけは卒業したかったから粘ってみようと思えたし、無理して正社員になる必要もないから好きなことをして生きようと心から思えた。

そうしてうつ状態が少し良くなった私は、大学を9月卒業という粘り勝ちをした。それから仕事をふらふら掛け持ちをしつつ、小説を書いている。
この先の自分で、また私はどうしたらいいか分からなくなるタイミングがあるかもしれない。だけど今までそうだったように、あのクールでカッコいい霊能者の言葉をもらうために、また妖アパを読み直すのだと確信している。