碧色と橙色のアイシャドウを買った。
『社会人としての常識的な振る舞い』として、会社には化粧をして来ることが求められている。
しかし、好きな化粧をして良いわけではない。ブラウン系か、それに薄ピンク色を追加したものが求められている。おしとやかな女性、前に出過ぎない女性。出社日のアイシャドウパレットは、つまらない色だ。

パレットを見るだけで気分は憂鬱になり、掴む手は重く、開く手にも力が入らない。一重の瞼に、アイシャドウチップでこげ茶色の太めのラインを引き、薄茶色と薄ピンク色を指で適当にのせて、ぼやかす。
適当な気持ちでアイシャドウをぼやかしているからか、気持ちもぼんやりとしてしまう。

瞼に入れた濃いピンク色のように、仕事も自分の色を付けたい

ある日、そんなぼんやりとした気持ちで会社に行くことが嫌で、ふと、棚の下段にしまってある化粧ポーチの中から休日用のパレットを取り出してみた。

好きな濃いピンク色が入っている。長い髪をふんわりカールさせて、化粧は全体的に薄ピンク色でまとめて、満面の笑顔を向けている、そんなモデルさんが表紙を飾っている雑誌の中ではおすすめされないような濃いピンク色。ふんわりカールに、誰にでも好かれる化粧、満面の笑顔。
それらを揃えるというのは、すごい努力だ。髪のツヤ、肌のキメ、素敵な笑顔、一朝一夕では手に入らない。
だから、街中で見かけたときは、その努力を純粋に尊敬する。しかし、私は、それを目指して努力しても、結局飛び出していた。

初めは本当に少し、目じりに濃いピンクを差した。少しずつ範囲を増やしていった。仕事環境は何も変わっていないけれど、日に日に仕事の主導権が自分にあるように思えてきた。
たぶん、決められた範囲、求められている範囲内でも、瞼に入れた濃いピンク色のように、自分の色を付けてやろうという思いが生まれてきていて、それが影響していたのだと思う。

仕事の関係でマニキュアを楽しむことはできない。マスク生活が続いているからチークで雰囲気を操ることもできない。
私の色を入れられるのは瞼しか残っていない。決められた範囲でも、思いっきり自分色にして遊びたい。

新しいアイシャドウの色は、なりたい私。想いを瞼にのせた

求められている私ではない、新しい私を、私が見つけてみたいと思った。
挑戦的、だけど暖かさを持っている、そんな私はどうだろう。ミステリアス、だけどユーモアも忘れない。社交的、だけど人を寄せ付けない勢いで走っている時もある。
どんな私を見てみたいか。どんな私にもなれそうで、考えただけで、わくわくしてきた。求められる私ではなく、なりたい私になってやろう。そのために、なりたい私をイメージして、新しいアイシャドウを瞼にのせて、私を誤魔化してみる。
なりたい私になれたよ、そういう想いで。挑戦は活き活きとしているオレンジ、暖かさは全てを含んでいそうなブルー。挑戦的で、でも暖かい、そんな素敵な私になった気持ちで、仕事をする。やりたいことをやってみる。

土曜日、私の時間。朝早くから動き出す。目に入った棚の上に置いていた会社用アイシャドウパレットを見えないところにしまい、外の空気を迎えるために窓を開ける。

全力で応援してくれているような橙色の太陽と何でも受け止めてくれそうな碧色の雲の影が目に飛び込んできた。新しい私を今日も楽しむ。