私が彼に出会ったのは、文字の小さい本が読めるようになった小学校高学年の頃。真っ白な表紙に描かれた彼の姿が絶妙なかわいさで、中をめくるとなんと横書き!珍しい本に驚いた私は、すぐにそれを貸出カウンターに持って行った。

これが、私と『星の王子さま』の出会いだ。

小学生の私には複雑で「難しかったなぁ」と返却

言わずと知れた世界的名作であるこの作品。
小惑星B612にひとりで暮らしていた王子さまは、大切に世話をしていた一輪の花とけんかをして星を飛び出してしまう。いくつかの星を転々と旅した後、地球にたどり着いた王子さまは「ぼく」と出会う。

小学生の私にとって、この本は少し複雑だった。
なぜかというと、出来事が時系列順に書かれていないからだ。

まず、作者からこの本に関して一言断りが書かれている。
この本は彼の親友、レオン・ウェルトのために書いたものだと。
次に「ぼく」が子どもの頃の話。
そして、大人になった「ぼく」が王子さまと出会う。
今度は王子さまの過去の話。
王子さまの故郷の星の話、
旅で訪れた星と、そこに住む人たちの話。
王子さまが地球に着いてから「ぼく」と会うまでの話。
そして、「ぼく」と王子さまの別れの話。
最後に、この話は6年前のことだったと「ぼく」が振り返って、物語は締めくくられる。

今こうして書き出してみても、なかなか複雑だと思う。
そんなわけで、小学生の私は頭がこんがらがってしまって、なんだか難しかったなぁと思いながら本を返した。それでも、「かんじんなことは目に見えない」ということだけは、ちゃんとこの本から学んだ。

中学生以降、私と『星の王子さま』との距離は徐々に縮まっていった

時を経て中学生になった私は、中学校の図書室で『星の王子さま』に再会する。
今ならもっと中身が理解できるかも。そう思って、本を借りた。
中学生の私は、この本の中に綴られた大切な言葉を小学生の私よりもたくさん見つけることができた。覚えておきたい言葉がたくさんあった。このとき、『星の王子さま』が私にとって大切な本になった。

さらに時を経て、高校生になった頃。
私の高校では毎年、生徒一人一人が1年間かけて自由研究に取り組むことになっていて、1年生のときに『星の王子さま』の翻訳比較をして考察レポートを書いた。
優秀レポートには選ばれなかったけれど、好きな本と向き合って、個人的には満足のいく出来だった。この頃から私は、好きな本や愛読書を聞かれたら『星の王子さま』と答えるようになった。

大学に進学すると、『星の王子さま』の原書を読めるようになりたくて、第二外国語でフランス語を取った。だが、小説を読むレベルに到達するにはとても長い道のりだと気が付き、とりあえず英語版を読んでみることにした。
英語版を探す過程で、改めて世界中で読まれている本なのだと実感した。いつか必ず、作者が綴ったオリジナルのことばで、この作品を読みたいと思っている。

キツネが教えてくれた言葉の意味が分かった今、なりたい大人の像

さらに時を経て、私は大人になってしまった。
王子さまと「ぼく」が軽蔑していた大人に仲間入りしてしまったのだ。
大人の目線で『星の王子さま』を読むと、感じるものが子どもの頃と全く違った。
でも、キツネが教えてくれたことはずっと大事に覚えている。

「かんじんなことは、目に見えないんだよ」

私は人やものを見た目で判断しないようにしているし、目に見えない大切なものに形を求めることもしないようにしている。

この言葉の意味がちゃんと分かった、中学生の頃からだ。
大人にはなってしまったけれど、つまらない大人にはなりたくない。
もしどこかで王子さまに会っても、がっかりされない大人でいたい。

私はきっと、これからも何度もこの本を読むだろう。
だって愛読書なのだから。
そこには、目には見えない愛があるのだ。