膨らんだ胸、丸みを帯びた腰や肩。娘とお風呂に一緒に入るたびに、目のやり場に困り、私は気になっていた。
ドラえもんやクレヨンしんちゃんが好きで、同級生よりもはるかに幼げな9歳の娘。アニメの真似をする幼稚な振る舞いとは裏腹に、体つきは日に日に女性らしくなっていく。

人より早く女性になる準備を始めた娘の体を、治療することに

ある時、娘から「おしりから毛が生えてきた」と、あっけらかんと告げられた。
これに動揺した私は、すぐ娘を病院に連れて行くことに。女性医師からはこのままだと、年内に生理が始まると告げられた。そして、女性ホルモンを抑える作用のある薬を毎月1回注射すれば、生理の始まりを遅らすことができるという。
医師の診断は「思春期早発症」というものだった。

思春期早発症は、思春期が通常よりも2、3年程度早く始まる病気なのだそう。人より早く女性になる準備をしている娘の体。
それを止めようとする治療。
本人とも話をした上で、治療することにした。筋肉注射なので、毎回声を押し殺して耐える娘の姿が痛々しい。「でも、これはあなたのため」と、唇を噛み締めながら、心の中で私は小さく呟く。

「でも、これはあなたのため」という母からの無言のメッセージ

本当は、治療はしてもしなくても、どちらでもよかった。思春期が早く始まることで、体つきが変わり、生理が人より早く始まり、陰毛や脇毛が生えてくる。そして、骨の成熟が急に進んでしまうため将来的に身長が低いままというだけのこと(まれに器質的疾患が原因の場合もあります)。
同じ診断を受けても、治療しないという選択をする人もいるという。でも、そのありのままの娘の姿をどうしても受け入れられない自分がいる。そこには、断ち切れない母からの目線があるのかもしれない。

すでに他界した母は、私たち娘に髪を伸ばすことを許さなかった。5つ上の姉は髪を伸ばしたがったが、いつも強制的にワカメちゃんカット。ピンクやフリルがついた女の子らしい服も許されなかった。
そんな母と姉の様子を見ていた私は、いつからか母好みの格好をするようになった。言われる前に自分から女性性を消し去った。
「でも、これはあなたのため」という母からの無言のメッセージを受け取った幼い私が、そこにいたように思う。

これは、娘に女にならずにいてほしいと思う私の願望なの?

大人になってから、母に「もっとオシャレな格好をしたら?」「ちょっと化粧したら?」と言われることもあったけれど、社会人になってからもずっと同じ。化粧はしない、服はモノトーン。口紅一本も持っていない。

今の自分を否定するものではないのだけれど、娘の治療を受けながら、自分が幼い頃にどこかに置いてきた女性性を、娘にも捨てさせようとしているのかもと、ふと思うことがある。これは、女にならずにいてほしいと思う私の願望なのではないか、と。
母が理想としていた女の子とは、いわさきちひろや佐藤さとるの絵本に出てくるような、子どもらしい子ども。今から思えば、その手の絵本や本をよく読むように勧められた。それらの物語の中には、女らしさを纏った子どもは出てこない。

女を出すことで、悪い男に引っかからないように心配したのであろう母。そんな母の思いをよそに、中学生から女に目覚め、ロングヘアに派手なブランド服を好むようになった姉。結局変わらず地味なまま大人になった私。
みんな無言のメッセージを受けて、葛藤しながら自分の姿、形を作っていく。メッセージや考えを持たずに自由に子育てできる人などいるのだろうか。葛藤をやめたら、ダメなんだと思う。

そして娘はと言えば、私が買ってくる佐藤さとるや、林朋子の本をほとんど読まない。娘は案外、自分でメッセージを取捨選択する力があるのかもしれない。