しょうがない、テスト勉強では出てこなかったのだから。
「頼ろう」と思って人を頼る術を身に付けぬまま、上京し、20歳を迎えた。
コロナのため、ひとりぼっちで始まった大学生活。それでも前向きだった
脳内でこの3文字を浮上させるのも、タイピングして文字にするのもなるたけ避けたいのだが、避けられないのがコロナである。
「せっかくの大学生なのに、楽しいキャンパスライフを送れなくてかわいそう」という言葉は、今の大学2年生をいたわる言葉ではなく、傷つける言葉だと、こう私に言ってきた人たちは気づいてないだろう。
コロナ禍を生きる現大学2年生のリアルをお伝えしよう。まず「あなたの思う『楽しいキャンパスライフ』とは、どのような定義でしょうか」とでも言っておこうか。
大学受験真っただ中のホテルのテレビには毎朝、白くて大きな客船が映し出されていた。あれ、赤本何冊分の重さだったんだろう。そのまま独りぼっちで大学1年生がスタートした。
それから約2年、ある程度の波を経験しながらも、明けない夜を走り続け、今ではそのスピードを失いとぼとぼと歩いている。
先はまだ暗い。ここまでで、今の大学2年生に「楽しいキャンパスライフ」に思いを馳せる余裕などないと気づいてもらえただろうか。
あの時のあの大人よ。まず、比較対象がないのである。「楽しいキャンパスライフ」を知らない人たちにその楽しさを説くのは、それを知っている人の特権だ。特権を振りかざして、無意識に大学2年生の傷を抉っている。
私は私で、この未曾有の事態を前向きに捉えようと必死だった。新曲を通して推しと苦痛を分け合い、端末越しに発せられる推しのメッセージを全て汲み取り、生きる力に変えていた。己を見つめる良い機会だと、様々な本を読み、思考に触れ、ぼやけた輪郭の「自分」を掴もうとした。
そうしないと、本当にダメな人間になるという雰囲気がそこらに漂っていた。
パンデミックで蓄積されていた感情。涙は重力に逆らえなかった
「頼ろう」として頼れない人は、相手に頼っているという事実に後で気付く。それはただの雑談だった。
もう慣れにも磨きがかかった、リアルタイム授業、コロナ禍(=大学生活)2回目の秋学期。6限の授業が終わり、画面越しに映った先生に大学生活の不満をつらつらと口にしながら、ふと喉が詰まった。「あ、これ泣くときのやつだ」と頭だけが冴えていた。
先生は、不満を不満のまま、愚痴を愚痴のまま、不安を不安のまま受け止めてくれる方だった。答えの見えない問いを、その場しのぎのポジティブな答えで決して濁さない方だった。
思った通りには進まない、数か月先の予定も立てられない、何もかも狂った社会に辟易し、生きる意気を失っていた私の拙い生きざまをそのまま認めてくれた。
私は、あるはずだった出会いや学びの場が奪われたことへの喪失感や裏切られた感情を、自分の中に留めすぎていた。でもしょうがない、これを私個人の問題にしないでほしい。前向きに生きよ、今しかできないことがあるはずだ、とまじないをかけ続けたのは、社会と私より長く生きている人たちの方である。
重力に負けた涙をぬぐいながら、「私今、人を頼っている」と初めて自覚した。
苦しみは個人ではなく社会の中にある。前向きな根性論はいらない
「頼ろう」と思って頼らなくても、人を頼ることはできる。ただ、「自分」の外に出さなければ、それは気付かれすらしない。
The personal is political.
その苦しみは自分のせいではなく、社会の中にあることに気が付いている人は、それをそっくりそのまま受け止めてくれるはずだ。無駄な前向きになれる言葉など添えることなく。
これ、テストに出るので勉強しておくように。