自分の稼ぎだけで自分の生活を成り立たせ、家事も仕事もちゃんと両立する。それが社会人のあるべき姿で、誰かに頼って生きるなんて格好悪い。学生の頃からずっとそう思ってきた。
今の私は健康で、働いて、自立している。特別稼ぎがいいわけでも、何か特技があるわけでもないけれど、そんな自分が誇らしかった。
しかし、そんな生活もあまり長くは続かなかった。
妊娠による予想外の酷い体調不良で、家事どころか、食事を取ることさえままならなくなったのだ。

健康な体を失って初めて気が付いた、助けてくれる人がいるありがたさ

約3ヵ月の寝たきり生活が続いた。
夫が仕事から帰って来るまで、枕元の水とゼリー飲料をちびちびと飲みながら、ひたすら1人で寝ている日々。
夕方に差し掛かり外も暗くなってくると、恐怖心が沸いてくる。
真っ黒な天井がじわじわとずり落ちてきて、動けない私を容赦なく押し潰す。「息ができない!」と叫んでも誰にも聞こえず、誰も助けに来ない。そんな夢を何度も見た。
そんな夢に苦しんでいるうちに、やっと夫が仕事から帰ってくる。
玄関ドアのロックを外す機械音。バサッと放り投げられたコート、何かにドンッとぶつかる音。
今まで雑音でしかなかった生活音が、悪夢から私を現実に引き戻す、救いの音になった。

自分でも寝ているのか起きているのか分からず、返事すらできない。意識が朦朧とした私に、夫は「お休みなさい」「今日は唐揚げ買ってきて食べたよ」「明日も晴れるって」とそっと話しかける。
その瞬間にふっと意識がはっきりし、「あぁ、私、今日も1日生き延びたんだな」と束の間正気に戻る。そして安堵し涙が溢れる。
こんなにも会話に、人の温もりに飢えたことがあっただろうか。
掃除も洗濯も、生活の全ては夫が代わりにやってくれた。枕元のコップの水さえ夫が注いで置いてくれた。

私はこれから母親になって、何もできない我が子を守り育てていかなければならないのに。
今の自分は母親なのに、何もできない。ただ一日中寝ていて、生活の全てを他人に頼らなければ生きてもいけない。

何もできず寝ているだけの日々。罪悪感からSNSで仲間を必死に探した

上の子を育てながら、つわりでトイレに駆け込みながら、毎日通勤し仕事をこなす。
「妊娠は自分で選んだ自分の都合、仕事に私用を持ち込んではだめ、社会人なら甘えず仕事に責任を持たきゃ」
そう胸を張って言った、かつての職場の上司を思い出す。
私は彼女のようにはなれなかった。
こんなに何もできないのは私だけなんじゃないか、私は甘えているんじゃないか……。
罪悪感に苛まれ、SNSで私と同じように寝込んだり苦しんでいる母親達の書き込みを探しては安心する日々。
私だけじゃない、私だけが甘えてるわけじゃない……。
気がつけば朝から晩まで必死に仲間探しをしていた。

「助けて」と言わない、言えないのは、恥ずかしいことでも情けないことでもない

自力で生きていけない状態を経験したにも関わらず、産後は自分一人で何とかできるとたかをくくっていた。
妊娠中、あまりにも無力だったことに罪悪感が芽生え、その分、産後は自分の力で頑張るべき。そう思ったのだ。
産後1ヶ月は夫が産休をとるし、1ヶ月もあれば新生児の育児も慣れて体調も復活してくるだろうはず、だから私1人でも大丈夫。
しかし、そんな私の読みは甘かったようだ。
産後の手伝いが夫だけ、それも1ヶ月のみと知り、看護師さんの顔が瞬時に曇る。
「無理ですよ。あと2人ほど、誰か手助けしてくれる人を確保できませんか?」
無理、ときっぱり言われた。そんなに私、頼りなく見えてるの?
ふて腐れて実家の母親に電話すると、母は怒り始めた。
「甘く見すぎよ、何のために専業主婦の私がいるの!?頼まれなくても助けに行くからね!」
そうか、助けてって言っていいんだ、頼らないのが良いことだと思っていた。
「そうよ!意地を張って頼らない、助けを求めないのは親失格よ!」と母が畳み掛ける。
後日、恐る恐る産院で「産後に頼れる支援制度はありますか?病気じゃなくても使っていいですか?」と聞いてみた。
返ってきた返事は「もちろんですよ!何でもたくさん頼ってください。お母さんに必要な力は、『助けて』って言えることですよ」だった。

ずっと張り詰めていた気持ちが、ふっと弛み、自分の世界が急に広くなった気がした。
これからは遠慮なく「助けて」と言おう。言わないのは恥ずかしいことでも情けないことでもないのだ。
子供を産むのは自己責任、なんて言われるけれど、たとえ自分で選んだことだとしても、どんな苦しみや苦労にも黙って一人で耐えなければならないなんて、あまりに理不尽だし不可能だ。
全部自己責任なんてやってられない。

これからはたくさんの人に遠慮なく頼りながら生きていくことになると思う。
そして、いつか助けを必要としている人に、遠慮なく頼りにしてもらえるような存在になっていたい。