パンツに血がついていた。
2020年1月、最後のセンター試験の次の日に生理が来たので、試験に被らなくてラッキー、と思っていたその生理は、少し前にもう終わったはず。
残党か?真っ黒な血が不安を煽った。
私は浪人生として生理前に試験を受け、第1志望の大学の受験者の中でも上位の得点率だった。しかし、2次試験で十分な点数を取る自信はなく、生理後に第2志望のB大学に出願したところだった。

そもそも、この1年は私の我儘で生まれたもので、両親からは2浪はさせないと言われていた。地元を離れて予備校のある市へ引っ越し、一人暮らしをした。
費用はすべて両親が出してくれた。これ以上迷惑はかけられない、なんとしても一人でやり遂げなければならない。
授業は休まず出席し、弁当を夕食分も作って毎日予備校が閉まるまで自習室に籠った。

浪人して臨んだセンター試験。周囲からは第1志望の大学の受験を止められた

センター試験の自己採点が終わった時は単純に嬉しかった。誰かに言いたくてたまらなかったし、まだ余韻に浸っていたかった。
しかし予備校の担任は忙しく、すごいとってきたね、と言ってすぐに「でも第2志望のB大に出してほしい」と言った。腹の中に突如冷たい、小さな石が現れた。
講師達にも相談した。大半の講師は第1志望の受験を応援してくれたが、私の不得意な教科である数学科の講師は「過去問を2年分解いて持ってきなさい」と言った。
腹の中の石はもう冷たくはなかったが、私が動くたびにカラカラと転がり増殖していった。

解いた過去問を持っていった。ひどい出来だった。
講師は丁寧に採点した後で「こういう間違いをする人が、あと1か月でA大の問題を解けるようにはならない。やめた方がいい」と言った。
自分でも薄々わかっていたことなので、止められてほっとした一方で、成長していない自分が許せなかった。
腹の中の石は粉々になって胸までぎっしり詰まっていた。

それから眠れなくなった。朝方になってようやく眠ると、夕方まで寝て予備校に行かなくなった。一度も休まなかった授業をさぼり、仲の良かった担任との面談もすっぽかした。そんな自分が嫌になり、なんとか自習室に行ったが何もできなかった。
狭い部屋で一人、「家に帰りたい」と母にLINEした。
「帰ってきても寝る場所がない」と言われた。
血は流れ続けていた。

眠れない私に「帰っておいで」と声をかけてくれた母。実家で体調が回復し始めた

2月半ばに父と母が来た。冷凍した手料理を持ってきてくれた。体調が悪いことを不満げに愚痴る、いつものお喋りな私を見せた。
両親の顔を見て、体の中を埋め尽くす粉は溶けて流れていったと思ったが、二人がそろそろ帰るという時、不安に襲われた。小さな子供に戻ったようだった。
帰り際、母が「帰ってくるなら帰っておいで」と言った。

次の日、高速バスに乗って地元に帰った。2次試験まであと1週間ちょっと。何をしてるんだろう。絶対にA大に行くと豪語して、周りの人にも応援してもらっていたのに、受験もしないなんて情けない。
これからどうしよう、前期のB大もきっと不合格だ。両親に申し訳ない。頭の中はモヤモヤでいっぱいだったが、その日の夜はすっと眠りに落ちた。
次の日は朝と呼べる時間に目が覚め、驚くほど気分が良かった。
古いクラリネットを引っ張り出してきて吹いたり、愛犬と雪を踏み分けて散歩をしたり、カラオケに行ったりして、2次試験を1週間後に控えた浪人生にはとても見えなかっただろう。母は何も言わなかった。

第2志望の試験会場で、やってきたことが無駄ではなかったと証明する

3日間の滞在を終えて、一人暮らしの部屋に戻った。B大学は予備校のある市にあるので、まるで前乗りである。
まだ血は止まらなかったが、腹の中にはもう石も粉もなかった。あるとしたら母の手料理の欠片だけだ。
半分諦めていた前期試験だが、1年間やってきたことは必ず身になっていると信じ、やれることをやろうと思った。また自習室に行き始めた。
2次試験が近づくにつれ生徒は次々と飛び立ち、自習室に来る人も少なくなった。2次試験の3日前、自習室に行くと、受付のおじさんがなぜここにいるの?と聞いてきた。
「B大を受けることにしたんです」
「そっかそっか、頑張ってね」
いつものおじさんだった。1年間、座席カードをもらう時に必ずかけてくれた「頑張ってね」と何も変わらなかった。

2次試験の日も血が出ていた。センター試験後の自堕落な生活は、答案用紙に見て取れた。
最初の科目が終わった時、涙が出た。
涙が出るほど悔しいと思える気持ちが残っていたのか。プライドがあったのか。だったら少しでも恥ずかしくない点数を取ろう。各科目ごとでもいい点数を取れれば、やってきたことが無駄ではないことを証明できる。私は最後まで解答を諦めなかった。

試験の後、体の中はすっかり空になっていた。部屋に戻り、何を食べたのかも、何をしたのかも思い出せないが、とりあえず今日はゆっくり休んで明日からまた頑張ろう、とかそんなことを考えていた気がする。空っぽの体では夜更かしはできないから。
次の日、血はもう出ていなかった。