「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」というような内容をアドラーが言った、と本に書いてあった。
職場の人間関係を拗らせた私は、その通りだと思った。
ある同僚と仲違いした。同僚は私と仲違いしたのをきっかけに情緒不安定になり、それを知った管理職に、怒られた。
私が悪い。私がいけなかった。私のせいで、あの同僚は……。
毎日自分を責め続けた。職場では事情を知っている人がほとんどで、腫れ物に触るような扱いをされた。職場にいるのが恥ずかしい。仕事で誰かに話さなきゃいけないとき、ものすごくストレスを感じる。
次第に食欲がなくなり、夜も眠れなくなった。
「最近、なんで生きているのかよく分からない」と唯一気を許していた同僚に思い切って打ち明けたら、「きもい」と怖がられたので、「嘘だよ」と笑い飛ばした。
そうして私は、ある日激しい頭痛と共に、ばったり倒れた。
入院して徐々に回復する一方、元気になれば職場に戻ると思うと…
救急車で運ばれた私は、2週間程度の入院が必要だと医師から告げられた。
過労が主な原因らしい。24時間点滴生活。とにかく眠くて寝まくっていたところ、入院した頃は全く動けなかったのが、徐々に回復してきた。
看護師の方々と冗談を言いながらお話もできるようになった。
それでもご飯だけは食べれなかった。ご飯を食べれば、元気になる。元気になれば、職場に戻らなくてはならない。
悩む私に、管理職から電話がかかってきた。
「人事異動の時期だけど、桃乃さんには来年度も同じ部署で働いてもらう事が決まったから。早く回復してくれ」
おそらく仲違いした同僚も、同じ部署だ。震える声で返事をし、電話を切り、ベッドにうずくまった。
その時、ふと隣の席の同僚の事が頭をよぎった。
飲み会で写真を撮っても「桃乃さんが写っている写真はいりません」と拒否し、仕事で車に乗せてもらった時は「髪の毛一本も落とさないでください」と念押ししてくる男の同僚である。
奥さんの束縛が激しくて、女の影が少しでもちらつくと、恐ろしいことになるから私を避けているらしい。
「それは大変ですね……」と言いながら、年齢も近く隣の席ということで、よく会話はしていた。敬語はお互い抜けなかったが。
思いがけない人からの一本の電話で何かがプツンと切れた
彼の人事異動はどうなったんだろう。奥さんと一緒にいる時間帯に通知が鳴ったら彼、怒られるかもな……と思い、昼にLINEをした。
「人事異動、どうなりましたか?私は来年度もいます」
すると、「帰り道に、電話してもいいですか?」と彼からLINEが来た。驚きながら「はい」と返信をした。
奥さんいるから……と女の影を避けてきた彼が。私と電話してもいいの?!!と思いながら。
夜、電話が来た。「大丈夫ですか?」その一声で、ぷつんと何かが切れた。私は、病室が個室なのを良いことに、泣きじゃくりながら彼に話した。
仲違いした同僚に言われた言葉、管理職に怒られたこと、周りの同僚が腫れ物を触るような扱いをしてきたこと……。「仕事やめたい」とも言った。
彼はずっと「うん」と頷いて聞いてくれて、「今の話を聞くと、桃乃さんは何も悪くない」と優しい声で言ってくれた。
私の涙が落ち着いた頃、彼は「桃乃さんがいなくても、寂しくはない。でも僕の隣の席、ずっと空いていますよ」と言った。続けて「来年度もよろしくお願いします。では、そろそろ帰らないと怒られるので。早く元気になって下さい」と少し早口に言って、彼は電話を切った。
ああ、彼は来年度もいるんだ。彼の隣の席も、ずっと空いているんだ。
あたたかい気持ちになった。私の居場所はある。大丈夫、もう一度頑張ろう。
次の日から少しずつご飯を食べるようになり、私は回復して、無事に職場復帰をした。
過労入院を経た復帰後のそれからと、彼に思うこと
私は次年度も彼の隣の席で、私の所属するグループも、性格の良い同僚ばかりだった。おそらく管理職が私が仕事しやすいような配置にしてくれたのだろう。
あの電話を経て、彼が打ち解ける感じで私に話しかけてくる……なんてことはなく、相変わらず「桃乃さん、席に座っているのなら仕事して下さいね」とイヤミを言ったり、冷たかったりした。
それでも「桃乃さんが入院してたとき、彼寂しそうだったよ~」とか「桃乃さんの悪口言っている人たちがいて、彼止めてたよ」なんて話を他の同僚から聞いて、クールに仕事をする彼の横で、ニヤニヤしてしまった。
次年度の1年は、入院することもなく、平和に過ごせた。
彼が、奥さん以外の女である私に電話してくれた時の驚きと喜び、泣きじゃくって彼に全てを吐き出した感覚は、4年たった今でも思い出せる。
人間は、人間のことで悩み苦しむ。でも、人間を救うのもまた、人間なのだろう。
現在彼と私は、お互い違う職場で働いている。既婚者の彼に、きっともう会う事はないが……彼が職場で困ったとき、頼れる人がいるといいなと思う。
彼は、20代前半だった私のメンタルを救ってくれた、最上級の恩人である。