毎日学校でティーンエイジャーと過ごし、慌ただしく日々のことしか考えられず、「さあ、掃除!掃除!」と人生折り返し点に来た口うるさい女を演じる。
はあ、とため息をついて一日が終わる。
気づいたら一緒に暮らす家族がいなかった。昭和のマンションの一室がなんだか寂しい。

「結婚は忍耐」という声を真に受けた私は、パートナー探しを諦めた

「それもいいじゃない、気楽で」と人は言う。「子育ては責任の重いことで生半可な気持ちではできない」とか「結婚は忍耐」とかいう身近な声を真に受けて、「結婚ってそんなに大変なんだ」と考えた私は若い頃に半ば諦め、積極的にパートナー探しをしなかった。
皆が皆そこまで真剣に考えて、人生を決めているわけではないと知ったのは後のこと。
なんだ、もっと気楽に構えてチャレンジしてよかったんだ。

もともと不器用で、私には人目を惹く華やかさも、思いを強く語るカリスマ性もない。高校教師なんて向いていなかったと思うのだが、10代の生徒には目の前にいる私が全て。教師に向いているか否かなどそんなに疑問に思わないらしい。
「教科書開いて」
精一杯声を出す私を受け入れてくれるのは、ありがたいこと。

短い結婚生活を経て男性恐怖に。出口のないトンネルに入ってしまった

30代のチャレンジで長く友達だった人と結婚した。とたんにDVが始まった。生活は2年持たず、私は自分の財産の多くを彼の元に残して逃げた。
それまでの人生で私が築いた物を失うのは悲しかった。男性恐怖とパニック発作が残った。
いつまでも一人暮らしでは気持ちが落ちるからそろそろ巻き返し、と真面目な気持ちで婚活のマッチングアプリで会った男を信じたら、パートナーのいる人らしいのがわかった。
「真面目そうだから、黙っていられなくなった」
それが彼の言い分だったが、ならせめて人を傷つけない嘘でもついて、綺麗に去ってほしかった。その話をしたら、
「どこまで運が悪いの?あなたの行動が何か呼び込んでしまってるんじゃない?」
と、世話になっているセラピストは言った。
「やる気ない。男性恐怖でパニック、引っ越したいのに不動産屋の担当者が男性かもと思うと交渉できない、買い物も怖い。生活を楽しくすることなんて考えられない……」
ぐずぐず泣いて出来ないことを並べたてる私は、出口のないトンネルに入ってしまったようだ。

子供がいないことが、こんなに苦しく思えたことはなかった。結婚願望は強くなかったが、漠然と子供は望んでいた。今20代だったら卵子凍結していたのにと思う。
不妊治療の対象が結婚した夫婦だけなんて理不尽だ。シングル女性も養育の条件が整えば、精子提供による妊娠とか養子縁組とかできるようになればいいのに。家族の形は様々だから。もちろん簡単なことでないのは承知しているけれど。

辛いことも全てが物語。声に出せば心象風景だけが残り、笑い飛ばせる

何があっても、いつかよくなるさ。
生活の小さな喜びは、自作の詩や散文を声に出して読むことだった。もともとライブハウスやカフェで行われるポエトリー・リーディングの常連だった。
コロナ禍で人との接触を減らさざるを得ないのは打撃だったが、もうそろそろいいだろう。厳重に感染対策したカフェで、苦しい気持ちやクスッと笑ったことを声にした。肩がふと軽くなり、頬の筋肉が上がっていくのを感じる。息がすっと通る。
「ねえ、みんな……」
辛いことも失敗談として物語にすれば笑い飛ばせる。聞き手には心象風景だけが残る。言葉って不思議。語ってしまおう。全てが物語。

「おはよう!」
寝坊で遅刻しそうになりながら、何食わぬ顔をして教室に入る。ガヤガヤはしゃぐ声を聞くのが私の朝のリズム。今日は何があるだろう?
「10代の気のパワーは凄いから、正面でまともに受け止めたらだめだよ。体を斜めにするくらいで受けないと、大人は力負けして病気になってしまうよ」
そう教えてくれた同僚がいた。
忠告を忘れ、「なんで俺が注意されるんだ」という生徒に正面からぶつかってしまうこともある。「だめなものはだめ」と言うと、時に相手はふてくされるから、「じゃあ放課後、もう一回話そう」となる。
それもいい、全てが物語。