大阪から京都の大学に通っていて、3回生から大学を卒業するまでの2年間、京都のとある音楽団に所属していた。
当時は、平日は授業やら大学の用事やらでキチキチに詰まっていたのだが、その音楽団の練習は毎月必ず最終週の土日にあり、大体が土曜日の夕方から夜と日曜日の朝から昼過ぎというスケジュールだった。なのでいつだって疲れていた私にとって、特に日曜日の朝なんて本当に辛かったのだが、ある時を境に行くのがとても楽しみになるようになった。
私は、一人の男の子に一目惚れした。

高校生の彼に一目惚れ。疲れていても一目見られると元気に過ごせた

明石家さんまが「職場に好きな人を一人作ると、仕事行くのが凄く楽しくなるんよね」と言っていたと、どこかで読んだことがある。私はその言葉を、その時ほど切に実感したことはない。
彼を一目見られると思ったら、疲れ切った土曜の夜も、ほぼ体力が尽きていた日曜の朝も、元気に過ごすことができた。

彼は全体的に、私の好きな男性のタイプを体現したような人だった。けれどまだ高校生で、詰襟に絶妙な色のシャツの制服を着ていて、音楽団の全体練習の時、ちょうど目の前で演奏している彼の後ろ姿を見ているだけで、非常に癒されていた。
2年目の時に、同じパートの友人にそのことを話すと、「自分それ、去年も同じこと言ってたで」と言われた。どうやら、2年連続で同じ人に一目惚れをしていたらしい。

卒団の時にはちゃっかり一緒に写真を撮ってもらい、友人と見つけた彼のSNSをその友人と一緒にフォローして、少しだけ個人的に連絡をとってみたりもした。
けれど年の差は大き過ぎるし、大体物理的に距離が遠すぎるし、繋がりが希薄過ぎた。だからそれだけで満足しようと思っていたけれど、現実で彼よりタイプの男性はなかなか現れることはなかった。

誠実な彼に何かお礼を。差し入れを買いに百貨店を訪れると…

婚活がなかなかうまくいかずに友人に相談していて、「結局、どんな人がタイプなん?」と尋ねられると、彼のことを必ず口に出してしまっていた。すると必ずみんなは「連絡送れば良いやん」と煽るから、真に受けてしまった。
彼はまだその音楽団に所属していて、年に1回演奏会があるのだが、「久しぶりに演奏会を聴きにいきたいから、チケットを頼めるかな?」との旨のメッセージを送ってしまったのだ。

彼からは割とすぐに返事が返ってきて、まだ演奏会まで何ヶ月もあるというのに快諾してくれた。そしてきっと忘れられるんだと油断していたら、演奏会の数日前に確認の連絡を送ってきてくれた。
なんて誠実なんだ、と思わず感心してしまった。

せっかくなのでチケットのお礼と、何か差し入れを買おうと百貨店に足を運ぶと、ちょうどバレンタインの催しが始まっていた。
そういえば、これまでの人生で男性にバレンタインの本命のチョコレートを渡したことがない。大学生の頃の私の恋心を、今になって昇華させても良いものだろうかと少し悩んだけれど、思い切ってチョコレートを買うことにした。
彼のことはあまり知らないし、甘いものを食べるかどうかもわからなかったので、差し入れ感が強く、家に持って帰って家族が喜びそうなものを選んだ。

大学生の私の恋は、差し入れのお礼のメッセージで終わりを迎えた

演奏会当日、チケットをもらうために、彼に少し会うことができた。数年ぶりに会った彼は、ほとんど記憶のままだったけれど、少し背が伸びたようだった。
目が合うと爽やかな笑顔でチケットを持ってきてくれた。チケットをもらって、差し入れを渡して「頑張ってね」と言う、ほんの数十秒。本当に一瞬だった。けれど何ともいえない、良い瞬間だった。

演奏会後に演奏の感想とチケットのお礼に加えてそっと、社交辞令のような「機会があったらご飯でも行きましょう」とメッセージを入れた。それに対しての返事は、差し入れのお礼だけだった。
ああ、大学生の私の恋は終わったんだ、と思った。やはり実るはずのない恋だったのだ。
でも悔いはないし、私はやるだけやった。
何だか少し悲しいけれど、次こそ身の丈にあった現実的な人に恋をしたい。