恋というより、ファンだった。憧れていた人と再会して

季節外れの連休をもらって、地元に帰っていた。生まれてから21歳まで、一番多感な時期を過ごしていた地元はあまりにも思い出に溢れすぎていて、少ししんどかった。
こんな状況だから、家族以外には会わないと決めていた帰省だったけれど、ひとり、本当に偶然会えた人がいた。

専門学生時代、2年半バイトしていた場所で、憧れていた人だった。
顔を見て少し言葉を交わしただけなんだけど、当時の記憶と抱いていた想いが一気に押し寄せてしまった。
ありふれた、本当にささやかな、恋だったのかもわからない恋だけど、大切な気持ちだったことを思い出して、どうしても書き残しておきたくなった。

仕事に熱い人だった。どうすれば来てくれるお客様に喜んでもらえるか、どうすれば従業員が気持ちよく働けるのか。学生バイトにさえ、辞めるときになにを持ち帰ってほしいか、といつも考えてくれている人だった。
はじめの一年は別店舗でヘルプのときに接する程度だったけど、柔らかい雰囲気の中にある真の通った想いをすぐに感じて、ああこの人が好きだと思った。
好きだとは思ったけど、歳も離れているし、そもそもすでに結婚している方だった。恋というより、ファンという方がしっくりくる想いだった。お店の前を通るたびにちらっと探して、見ることができたら元気をもらっていた。

もしもその人が結婚していなかったら、と幾度となく思った

その人が、私が勤めていた店舗に異動してきた。働く中でお互いの仕事への情熱を分け合って、すぐに仲良くなった。
二人でご飯に行ったこともあった。
誘ってもらって、舞い上がって、自分の持ち物の中でいちばんの服を着ていった。
ランチじゃなくって、夜ご飯だった。少しお酒も飲んだ。憧れのその人がカウンターの横でお酒を飲んでいる姿は、夢みたいだった。今思い出しても最高の画すぎて震える。
何かあるなんて思ってなかったけど、当然のように何もなく、ご飯を食べておしまいだった。

結婚している男性と二人きりでご飯を食べたのは、あのとき一度きりだった。
どうして誘ってくれたんだろう、と物思いにふける余地もないくらい、理由は明確だった。
バイトが働きやすい環境について真剣に考えているその人は、労働環境に関する私の意見を聞きたかっただけ。仕事のこと以外は何も話さなかった。

私の想いは伝わっていたのだろうか、と今思う。
同じ店舗になる前から憧れていたということは伝えていた。でも私にはそれだけじゃない下心が明確にあった。
もちろん、現状のまま、あわよくば関係を持つなんてことは決して決して思っていなかったけど、もしもこの人が結婚していなかったら、とは幾度となく思った。
憧れていた気持ちを茶化してくれる人が近くにいたから、私の想いは冗談になっていた。それに助けられていた。
本当になってしまったら、全ての関係が終わってしまっていただろう。

ただ、その人が歩いているだけでときめいてしまう私がいた

私、本当に好きだったんだな、と今気づいた。
若い私は自分の心に必死でブレーキをかけていた。あのとき気づかないふりをして、本当に良かったと思う。私は自分が思う正しい道を外さないまま、その人は素敵なままで終わっている。

どんなかたちでも近くで人生を歩いていたかったような気がする。
その人は、なにも悪くなかった。ずるくもなかった。家庭を大切にして、後輩も大切にしていた、それだけだった。ただ、その人が歩いているだけでときめいてしまう私がいた。それだけだった。

無理に蓋をしていたわけじゃないけど、久しぶりに会って、変わらない真っすぐな目で「きれいになったね」と言われて、こうしていろいろなことが蘇ってしまった。
私がすぐにお子さんのことを尋ねたのは、今思えば、自分で心に急ブレーキを踏んだのだ。その人が大切に大切に守っている家庭は、変わらず幸せそうだった。

ここでこんな風に書くと、ぼかしていた気持ちが本当になってしまう。それでも、本人に伝えないという自分の倫理を守りながら、わたしの20代の大切な2年をなかったことにしないために。
急ブレーキでこわれた心をしっかり結んで強くするために。
今は遠く離れた町で、この先会うことがなければ私のことなんて二度と思い出さないであろう、その人への想いを、残しておく。