先生、私たちと過ごした1年間を今でも覚えていますか?
まだ中学1年生だった私も、今では26歳になりました。
当時の先生と同じ年齢です。
先生、お元気ですか?
今でも大好きなギターを弾いていますか?
ねぇ、先生。
今どこにいますか?

不安を抱えて校門をくぐったあの日の笑顔を、今でも覚えています

桜舞い散る中学の入学式。
友達できるかな?部活の先輩は怖いかな?担任の先生は一体どんな人なのかな?
数えきれないほどの不安を抱えて校門をくぐったあの日。
教室に入ってすぐ、「おはよう!」と明るく挨拶してくれた先生。
強張った顔の私に向けられたその笑顔を、今でも覚えています。
細身な体型で八重歯がチラッと見える口元。
そして何より明るくて面白かった先生。
「あぁ、この人が担任でよかった」と思うのはもう少し先のお話。

ねぇ、先生。
大人になった今、もし会えるのなら、話したいことが沢山あるよ。
聞きたいことも沢山あるよ。
ねぇ、だから、お願いします。
「生きてる」って思わせて。

数学が大嫌いだった私。数学の担当だった先生。
先生に褒められたくて沢山勉強しました。先生と話したくて、沢山質問もしました。
当時まだまだ子どもだった私にとって先生は憧れで、手の届かない存在で、勉強を頑張ることが、精一杯の「好き」を伝える手段でした。

離任式の日、「好き」を言う機会は失ったけど、笑顔をくれた先生

ずっと先生の授業を受けていたい。卒業まで先生が担任であってほしい。
そう毎日思っていましたが、もうすぐ進級するという時に、先生は自身の地元である海の近くの中学校に赴任することが決まりましたね。
先生に来年から会えないことが寂しくて悲しくて毎日泣きました。
異動は間違いであってほしいと。「やっぱり異動しないことになったよ」と笑いかけてほしいと。
だけど、その願いは叶うことなく迎えた3月。
涙が溢れて、最後の挨拶をする先生の顔をしっかり見ることができませんでした。
もっとちゃんと見ておけばよかった。もっと数学頑張ればよかった。
浮かぶのは後悔の気持ちばかり。

離任式の後、先生に想いを伝えようと声をかけたその時、「大人になったら、結婚式絶対呼べよな」と、私の気持ちに気づいていた先生に先に言葉をかけられ、私は「好き」という言葉を伝える機会を失ってしまいました。
「もちろんですよ!絶対幸せになりますからね!」
吹っ切れるように不意に私の口から出たその言葉を聞いた先生は、入学式の時のようにクシャッとした笑顔を私に向けてくれました。

先生の生存を確認する手段がないまま、10年以上が過ぎてしまいました

それから2年後。
私たちの中学卒業式の日。聞いたこともないような地鳴り。大きく揺れる地面。
東日本大地震の発生。
沿岸部は津波に襲われ、不安を抱えながら過ごす毎日でした。
先生が赴任したのは海から近い学校だったはず。
でも、先生の連絡先も詳しい学校の場所も名前も知らない。
先生の生存を確認する手段がないまま、10年以上が過ぎてしまいました。

先生、どこにいますか?無事ですか?
もし、これを読んでいたら私のことをほんの少しでも良いから思い出してください。
私たち1年2組と過ごしたあの時間を思い返してください。
「寝癖がニワトリみたい」なんてからかってごめんなさい。
先生に会うことが学校へ行く楽しみの大きな理由の一つでした。
大人になった今会えるのなら、お酒を飲みながら大好きな音楽の話をしたいです。
一緒に行きたいセッションバーもご紹介したいです。

ねぇ、先生。
会いたいです。
あの時言えなかった言葉を、直接伝えたいのです。