楽しい。
ガヤガヤした空気の中、私は壁にもたれて、ふわふわした気持ちの中でただただそう感じていた。
綺麗だけど窮屈な振袖を脱いで、私は同窓会に来ていた。

成人式の後の同窓会。高校時代に付き合っていた彼はも来ていた

共に成人となった同級生たち。
同窓会と名は称しているけれど、実際はあの頃仲の良かった者の集まりだ。それでも、卒業して以来会っていなかった友人とお酒を飲んではしゃげるなんて、制服を着ていた頃の私には想像がつかなかった。

楽しくてちょっとだけ、酔いが回るのが早かった。今持っているレモンサワーは四杯目?あんまり覚えていない。氷が大きなグラスの中でカラカラとなる。
ふと、少し離れたテーブルの彼に視線をやった。
高校の時より少し痩せた?なんだか、かっこよくなった?東京の大学生活は楽しい?
聞きたいことは沢山あった。
高校一年生の時付き合っていた、大好きだった人。
別れた後、他の人と付き合っても、なぜか別れた後には彼の顔が横切った。
彼と目が合いそうになってふいっと視線を逸らす。横で飲んでいた親友はいつのまにか他のテーブルにいた。彼が立ち上がるのが視線の隅っこに見えた。
どこ行くんだろう。え?なんか、こっち来てない?

あの頃と変わらない彼の声。レモンサワーが少し私を酔わせていた

「大丈夫?」
気のせいじゃなかった。私の横にしゃがんで、あの頃と変わらない、少し高めの声で彼が聞いた。
「全然大丈夫。さっき飲んだやつが強かったから、ちょっと酔ってる」
そんなことを言いながら、私はぼーっと考えていた。
今も好きって言ったら、どうにかなるのかな。彼も少し酔っている。お互いこの場のふわふわした雰囲気に流されていた。
けど、好き、は流石にハードルが高くて。ああ、もっと酔っておけば良かったなんて思ってしまった。
「君が東京戻っちゃったら、寂しい」
レモンサワーが私に言わせてくれたのはこれくらいだった。彼がちょっとびっくりしたように目を開けて、困ったように笑った。
「またすぐ会えるよ、絶対」

その後、いつもより高い体温で会話を交わした。考える前に言葉がぽんぽん出てきて、なんだか頭の外で喋っているみたいだった。ハタチになってから少し経つけど、お酒の力ってこういうこと?って思った。
彼は少し喋って、少し笑った。笑う時に眉毛が下がるのが好きだった。
私のグラスが空になるのとほぼ同時に親友が戻ってきた。どちらともなくじゃあ、と言うと、彼は元の場所に戻って行った。
何話してたの?と聞かれて、私は特に、と答えた。

あの頃はお酒がなくてもドキドキしていた。今は、お酒の魔法もすぐ解けてしまう

帰りの電車で酔いが醒めた。
同窓会は楽しかった。楽しかった、けど。一人になって胸が痛くなった。
四年前、放課後の教室で机を並べ、教科書を開いていた時のことを思い出す。
あの頃はお酒の力なんて存在しなくて、ドキドキしながら必死で彼と向き合っていた。頭のいい彼と話す理由が欲しくて、本当はわかる問題がわからないふりをした。周りに冷やかされても、どうでも良かった。一緒に歩いて帰れるだけで本当に嬉しかった。

成人式で、「お前達はもう大人だ」と言われたのだ、もうあの頃には戻れない。けれど、あの日、いつもより近い距離感で数学を教えてくれた、あの時間は私の中で永遠で、色褪せない。そのせいで私は忘れられない。あの日からずっと進めないままだ。

大人になること、それはきっと必要なことだ。私達はずっとぬるま湯みたいなあの場所にいられるわけではない。戻れない時間は確実にある。それを思い出として進んでいかなきゃいけない。けれど。
レモンサワーの魔法は一瞬で消えた。彼と交わした言葉も、あんまり覚えていない。
こんなすぐにとけてしまう魔法ならいらない。ずっと制服の頃のまま、時間が止まれば良かったのに。
そう、思ってしまった。