就職活動中、新卒の重圧と、普通で居たくないと意地がせめぎ合う

就職活動中。新卒だからこそ妥協したくないという重圧が、普通でいたくないと意地を張っていた心まで侵入し始めていた。

ありのままを評価してくれる会社を早めに探そう。そう思ってダイレクトリクルーティングのサービスに登録したりと、1・2年生から動き出してそれなりに満足していたけど、いつの間にかただただ受け身な就活をしているだけだということに気がつき始めてもいた。
だから興味のない会社の選考も受けるようになった。就活生だけができる社会見学じゃないか。社会勉強じゃないか。そう唱えながら。

アルバイトはカフェでやっている。落ち着く雰囲気で、本も置いているから、自分も働き始めるまではお客さんとしてよく来ていた場所だ。
クリスマスイブの日、シフトの直前に興味のない会社のオンライン面接の予定が入った。受けた。好感触だった。人生どうにかなるなと思った、結果も来ていないのに。
シフトの時間がやってきて店番をしていたが、住宅街の小さなカフェなんて誰もクリスマスイブの目的地にもならないわけで、世間のムードとの乖離も相まって今までで一番空いていたように思う。

ふと目に入った「星の王子様」の背表紙から目が離せなくなった

お客さんもいないから早めに閉め作業に入って、いつもよりかなり早くタイムカードを切った。早く終わっても特にウキウキしなかった、むしろこのままぼーっとしていたくなった。
だから本棚を前に突っ立って、適当に背表紙を眺めていた。旅行の本を次の旅の情報収集にと思って手に取って、椅子で読むために本棚に背を向けようと思った時、『星の王子様』の背表紙から目が離せなくなった。直感に従うのが正義だと思っている私は、さっきの本を棚に戻してそれを手に取った。

絵本のような装幀の『星の王子様』は、めっきり文庫本サイズの本を読まなくなってしまった私には優しかった。
なんてことは中身の文字の配置をペラペラっと見た時点での感想だ。
最初のページの半分くらいまで読んで心がギュゥっとなった。初めての感覚だった。忘れてしまっていた、奥の奥の奥に閉じ込めていたものが吹き出て溢れて息が詰まった。刺されたような感覚でもなくて殴られるような感覚でもなくて。

あれだ。空気の逃げ道がない重たい鍋の蓋を、沸騰した中のスープが吹きこぼれた感じ。具材のように、忘れたくなかったはずの小学校低学年の夢とか高校の尊敬している先生との出会いとか記憶の欠片も一緒に鍋の外に出た。

大人になりかけていた。後戻りできなくなる寸前だったと気がついた

大人になんてなりたくないと思っていたし、なってもいないと思っていた。
ちがった。大人になりかけていた。大人になりたくなかった子どもの自分が消えかかっていて、後戻りできなくなる寸前だったことに気がついた。

就活ってなんだ。あるべき姿に近づこう、人が求める自分になろう、安心できる場所に身を置こうと無意識に大人な理由を並べながら歩き続けていた。
嫌だ。今の自分、嫌だ。
でも、不思議と絶望はしなかった。溢れてしまった鍋の中身を別の綺麗な器に並べた。それより先に全部かき集めて抱えて、前に一歩とりあえず歩きたくなった。

1ページが読み終わったあたりでいつも店を出るくらいの時間になっていたため、大事に本棚にしまって店を出た。

まだ就職活動中。でもあの日、星の王子様に出会って、いつかの子どもだった私が大人になった私に忠告した声が少し聞こえたから、なんとか一回きりの人生なりの通り道を見つけられる気がしている。