人は死んでもお金を持って逝く。
去年の11月初旬、祖母が救急搬送された。「一刻の猶予も無い」と父に告げられ、私と母そして弟は全ての仕事を放棄し、祖母と父が暮らす和歌山まで車を飛ばした。
コロナで厳戒態勢がしかれている中、名前を言えば案外すんなりと病室までたどり着き、病室での密を許されたのは、祖母の命が消えかけている事を暗示されているようだった。

祖母は強い女性だったが、我が家を代表する「心配性」だった

意識がないものと思っていた祖母は、その目をキッチリ開き、驚異のガッツでベッドに寝ころんでいた。
酸素濃度が90を切れば死の危険と言われているらしいが、その時の祖母の酸素濃度は59。しかも、心不全、おまけに肺炎という危険オンパレードの中、ハッキリとした意識を持っていた。私たちが到着してしばらく話してから、祖母は薬で眠るように植物状態に入った。

祖母は、口下手で言葉は少ないものの、それはそれは強い女性だった。その生き様が死に際にも表れているようだった。
コツコツと働く人で、信じられないくらいお金を稼いだ人でもある。私は祖母の家のおかげで何不自由なく進学してきた、と言っても過言ではない程。お小遣いもたくさんもらった。良い年になっても。

そんな強い祖母は、我が家を代表する心配性の一人でもあった。祖母の家に久々に遊びに行けば、顔を見た瞬間は嬉しそうにするのに「遅くなる前に帰れ」「もう日が傾いてきた、夜は危ないから、はよ帰り」と言うし、祖母の介護の為同じ家で暮らしている父の姿が見えなくなれば「こうちゃん(父)はどこ行った?」と聞いた。
腰が悪くてずっと椅子に座っていた祖母は大きな家を歩き回ることが出来なかった。だから、様々な現状を人に聞くしか術はなかった。いつもは父が傍にいるのだろうが、私が来た時は父も気が緩むのか猫のように色んな所で昼寝をし、私が逐一その現状を祖母に報告する羽目になっていた。

そして私の帰り際、必ず足元に置いている黒いバッグから一万円札を取り出して私に渡すのだ。「帰り賃」と言って、受け取るまでその手は降りない。「ありがとう」と受け取っても祖母は特に何も言わず、すぐバッグを足元に隠した。
祖母の為に何かをすれば、必ずお金を渡された。お金が欲しいがために親切にしていると思われていたらどうしようか、と困ったことがあるほど、祖母はお金を渡した。その割に、私からお金を渡しても決して受け取ってくれない、なかなか可愛くない祖母だった。

祖母の葬式は豪華だった。そして祖母は凛として上品でとても美しかった

12月中旬、寡黙な父が職場に電話をかけてきた。私は「あ、とうとう……」と覚悟をして、上司から電話を受け取る。
「はい」と出れば、父が「お婆ちゃん亡くなりました」と一言。あぁ、やっぱり……。
そして続けざまに「お婆ちゃん今死にました、ほんと、今。ナウ。ナウで」。
いや、父よ、もうちょっと言葉のチョイスなかったんかい……。
現状をそのままお伝えしたくて、覚えたての若者言葉を本気のトーンで言う父に笑っていいものか、悲しんで良いものか、宙ぶらりんにされながら私は祖母がこの世から解放されたことを聞いた。

宗派によって色々あるんだろうけど、祖母の葬式はとても豪華だった。棺も一番良いもので、「のぞき窓が開閉できます!」とテレビショッピングみたいなノリで係の人が教えてくださった。そんな豪華な棺に、白と薄い紫の死に装束を身に纏った祖母が収まった。
豪華さに負けない凛として上品でとても美しい人だと思った。見惚れている私に係の人が、六文銭が描かれた紙を手渡してきた。聞けばそれは、三途の川の通行料だと言う。私は祖母の懐の少し奥にグッとお金を入れた。
心配性の祖母が落とすことはないだろうけど、万が一の為。アレ、思い返せば案外私も心配性かもしれない。
「はい、お婆ちゃん。いつも貰ってばかりだったけど、最期に渡せてよかった。受け取ってくれてありがとう」
私が入念に入れ終わったのを見た係の人は、にっこり笑って「これで、安心ですね」と言った。
そう、これで、安心。

祖母はお金が沢山あったからこそ、多くの心配を抱えていたのだろう

祖母は、お金が沢山あったからこそソレが失われる怖さ、盗られる怖さ、騙される怖さから多くの心配を抱えていた。そのお金からの心配が家族に、家族の健康に――と多岐に渡った。だけど、その家族も健康も守ってくれたのは他でもない祖母のお金だった。
私にいつもお小遣いを当たり前のようにくれたのは「安心」の為。それは、私の「安心」ではない。祖母の「安心」の為だ。
コレを渡したから、この子は無事にちゃんと帰れる。この子が私のために使ったお金を補填できる、そんな思いがあったように感じる。祖母は、本当に自分の為にお金を使う事がない人だった。与え続ける人だった。

祖母に渡せた六文銭。これが私の安心になった。あの世に通行料がいるのかは知らないけど……。
もし必要だったら、今度こそ自分の為にお金を使って。お婆ちゃん。