「方便とは、『仕方ないから、今はこういうことにしておこうか』と思える心の余裕、とでも言いましょうか」
これは、写真家の下村一喜さんの著書「美女の正体」にある一節。嘘も方便、の方便を指す。
方便を使える女性は、経験を積み、人の痛みがわかる、内面の洗練された大人の女性。
この一節を私なりに解釈して、実践してみたエピソードがある。

結婚直前の連絡。既婚の先輩に聞いた「元彼」とのエピソード

20代前半の頃、7つ年上で既婚の先輩とこんな話をした。
「結婚する直前に、元彼から連絡が来たんだよね。よくある話だけど」
「え、結婚するって知らせたんですか?」
「いや、噂で耳に入ったのかな」
「会いたいとか言われたんですか?」
「そうそう、今度飲まない?って」
「先輩への未練に気づいたのかなあ」
「うーん、どうなんだろうね……まだ独身だったみたいだけど」
「みたいってことは、断ったんですか?」
「うん」
「つまんない!」
「あはは、つまんないよね。でも面倒事起こすのは気が引けてね」
「先輩、真面目〜」
「付き合ってる間は良くしてくれたからね、元彼」
旦那さんに悪いのではなく元彼に?と疑問に思ったが、聞かなかった。

私にも元彼からLINEが。彼の思惑を想像する。何と返したら正解?

それから数年経ちアラサーになって、私も先輩と同じ経験をした。
ある日の仕事中、元彼からLINEでメッセージがきた。3年以上前に別れて以来、一度も会っていないが、LINEのアカウントは残していた。
「久しぶり。突然ごめん。元気?」
こ、これは……何と返したら正解?一旦保留だ。なんとか心を落ち付かせ、帰宅後に返信した。
「久しぶり!元気だよー」
質問された内容にだけ答えてみる。すぐ既読がついた。
「元気ならよかったよ〜」
「こっちは最近転職したんだ。今ちょい大変」

彼の思惑を想像する。私の次の返信で、転職について質問してほしいんだね?できれば慰めてほしいよね?あわよくば会えたらとか思ってる?

交際当時、私たちは大学の同級生で、同時に就職をした。私は日勤、彼は夜勤の仕事に就いた。すれ違いの生活になっても私は全然寂しくなかった。寧ろ、彼に会う時間が減って解放感を感じている自分に気づいてしまった。
電話で好きだよと言われても、言い返さなくなった。他の人を好きになって、私から別れ話をした。彼は私の気持ちを尊重してくれた。

私、あなたの夢をよく見るよ。一方的に終わりにしちゃってごめんねと、あなたに謝っている夢。
誰かに優しくしてほしいときってあるよね。私を思い出してくれて嬉しいよ。
でも、私にはあなたを慰める資格がない。あなたがいない人生を選んだのは私。

「転職したんだね!がんばってね〜」
「私は最近友達が増えて、毎日楽しく過ごしてるよ」
「この前、私が作った社内広報がホームページで一般公開されてるの。よかったら見てみてね!」

彼の下心の芽が小さいうちに。無神経な元カノを演じた

わざとらしく充実感を強調した。彼の下心の芽がまだ小さいうちに、浅い傷で済むうちに、このやりとりを終わらせたい。
「すごい!活躍してるんだね。ホームページ見てみるよ」
「久しぶりに会えないかなと思ってたんだけど、忙しいかな?」
私の思いをちゃんと察してくれたようだ。
「そうなの、ごめんね。連絡ありがとう!」
「いやいや、こっちこそ突然ごめん。またね」
「うん!またね〜」

無事にやりとりが終わってホッとする。ヘッタクソな悪役を演じた。元カノはめちゃくちゃ無神経な女である、ということにした。そのとき私にできる精一杯の「方便」だった。

薄情な元カノだと恨んでくれればいい。もし今落ち込んでいて、誰かに励ましてもらいたいのなら、あなたをちゃんと大切にしてくれる人を選んでほしい。これからの未来は、私と過ごしたときよりずっとずっと幸せになってね。

既婚の先輩との会話を回想する。
「付き合ってる間は良くしてくれたからね、元彼」
先輩は私よりも上手に方便を使っただろう。苦笑いだったな。大人の女性の表情だった。あの表情に私も少しは近づけただろうか。