「バレンタイン」に浮かれる世の人々を見ては、アホらしいと思うようになったのは、いつ頃からだろうか。
会社では男性社員へ配る「義理チョコ」の買い出しに行かされるし、「本命チョコ」も、ここ数年恋人のいない私には関係のない話で、いい歳して浮いた話のひとつもなく、ただただ世の中に毒づく日々のなんたるビターなことだとため息をつくが、そんな私にも、今から17年前のバレンタインには、かすかに甘い香りのする思い出がある。

クラスの企画でチョコをあげることに。くじに書かれていた名前は

小学6年生の頃、同じクラスに好きな男の子がいた。足が速くて勉強もできて、面白くて優しくて、まるで王子様だった。
引っ込み思案な私は、たまに話しかけてくれるのにドキドキしながら受け答えするので精一杯だったし、ドッジボールで同じチームになった時は、とにかく彼の足手まといになるまいと、死ぬ気で敵のボールから逃げ回っていた。我ながら、いじらしく、健気だ。

バレンタインを数週間後に控えたある日、クラスの女子で、「くじで引いた男子にチョコを渡す」という「くじチョコ」の企画をすることになった。
クラスの男女比がちょうど半分だったので、女子全員がくじで引き当てた男子にチョコを渡すことで、クラスの男子全員にバレンタインチョコが行き渡るという、優しさにほんのちょっとのドキドキ要素が加えられた企画だった。

「このくじで大好きな彼を引き当てれば、『くじで当たったから仕方なく』という体で彼にチョコを渡すことができる!」
自分から気持ちを伝える勇気のない私にとって、絶好のチャンスだった。

運命のくじ引きの日。何としてでも彼を引き当てねばならない。いつもの席替えのくじ引きの何倍も緊張する。汗ばんだ右手でくじを引き、全員に行き渡ったところで一斉にくじを開く。
笑い声や悲鳴が起こる中、私の手汗で湿ったくじに書かれていたのは、なんと彼の苗字……!嬉しさと緊張で、思わずくじを持つ手が震える。

「神様がきっと彼と私を引き合わせてくれたんだ!何をあげよう、手作りがいいかな、うわーどうしよう!」
楽しみと不安が入り混じった気持ちでいっぱいだ。

教室中に充満するそわそわした空気。彼は私のチョコに気付いたけど…

そして迎えたバレンタイン当日の朝。直接渡す勇気はなかったので、可愛くラッピングした手作りチョコを携えていつもよりも早く登校し、震える手で彼の机の中にさっと押し込んだ。
他のクラスメイトも徐々に登校し、なんとなくあのバレンタイン特有のそわそわした空気が教室中に充満している。するとひとりの女子がくじチョコを男子に渡したのをきっかけに、他の女子たちも各々のチョコを男子に渡し始める。
もちろんくじ引きなので義理チョコなのだが、「お前は〇〇ちゃんから貰ったのか!」という男子たちのやり取りで教室が一気に騒がしくなる。

そんな折に、彼が机の中に押し込まれた私のチョコに気づいた。そしてその様子に気づいた他の男子が、「誰からだ?」と続々と彼の周りに集まってきた。
直接渡す勇気がないのならせめて自分の名前を書けばよかったのだが、奥手な私にはそんな勇気すらなかったため、今彼の手元にあるのは、差出人不明の得体の知れないチョコだ。

謎が謎を呼び、「これはくじチョコではなく、本命チョコではないか?」という噂がクラス中に広まり、いよいよ「私があげました」とは言い出せなくなってしまった。
「名前を書かなかったせいで、大変なことになってしまった……!」
くじチョコを口実にひっそりと渡したかったのに、これではまるで気持ち悪いストーカーからのお騒がせチョコである。

思い出す中途半端なバレンタイン。いつか甘いひと時を過ごしてみたい

ちょっとした騒動になってしまったため、くじチョコ企画者の女子から、彼を引き当てたのは私であることが告げられた。
その時の、彼の私を見つめる目、怪訝そうで困っていて、でもちょっと優しい目、17年経った今でも鮮明に覚えている。
その目でまっすぐ見つめられた私は、まるで卑怯で気持ち悪いことをして彼を不安と恐怖に陥れてしまったことを咎められているような気持ちになり、それでもやはり本命とも義理とも言い出せず、黙り込むほかなかった。
周りのクラスメイトも、最初は面白がって囃し立てていたが、あまりに私が落ち込んで見えたのか、もうそのチョコの話題を出す者はいなくなった。

そんな中途半端なバレンタインだったから、当然彼からのホワイトデーのお返しなんてなかった。つまり振られたわけだが、それでも欲を言えば、彼からの「ありがとう」が聞きたかったし、「ちゃんと食べてくれただろうか」などと考えてはモヤモヤとした毎日を過ごしていた。
そのまま私たちは小学校を卒業し、今となっては彼がどこで何をしているのかは不明だ。

そうやって好きな人に自分の気持ちを伝える術を身につけないまま17年が経ち、ろくな恋愛もせずに年齢だけ立派な大人になってしまったわけだが、今回の記事をきっかけに純粋だったあの頃の甘くて苦いバレンタインを思い出したので、ぜひ今年こそは「いいな」と思った男性には自分の気持ちを伝え、彼氏を作り、甘いひと時を過ごしたいものだ。