初体験をささげ、私をヤリ捨てしたSさんに、この言葉を送る。
「あなたの呪いは、もうすぐ解けそうだ」と。
Sさんは、私に呪いをかけたなんて毛頭思ってないだろうし、そもそも私のことなんて忘れているに違いない。だから、時を戻して教えてあげよう。
たった1日、あなたと会った日のことを。

大学生になり、寂しさや絶望感からアプリで知り合ったSさんと会った

田舎から上京して初めて1人暮らしを始めた、大学生になったばかりの私。あの頃の私は、友達がいないと思い込み、生活リズムが正せず、授業を絶起し続けた。
大学生活のどん底だったと言ってもいい。全てを「自分の怠惰のせいだ」と1人で抱え込み、自己肯定感ばかりが下がっていく日々だった。

誰かと楽しい話がしたい。嫌な現実から逃げたくて仕方がない。閉塞感と緩い絶望感が、真綿のように首を絞めていく。高校までの友達や、家族には、現状があまりにも惨めで、とても相談できそうにない。

そんな中すがった先は、見知らぬ人と簡単に繋がれるアプリだった。魅力的な「本来の」自分が戻って来たような気分になれた。アプリを通じて、Sさんという大学院生と会うことになった。
聞いたこともない駅で、心臓が口から飛び出しそうになりながら、私はSさんを待った。緊張でいても立ってもいられず、自販機で飲み物を買った。ペットボトルのお茶を5秒に1回飲む手は、震えていた。
Sさんは、ラブホテルに私を連れていった。
……初めてだった。痛い。痛かった。とても痛くて、涙が出た。
涙が出たけど、自分でぬぐった。ぬぐって、ベッドのシーツに擦り付けた。Sさんは私の頭を撫でたけど、その手はすぐに離れていった。

事後、ご飯を食べた。何を話していいのか、出会った直後より事後の方が分からない。会話に困り、将来のことなんかを、無意味に相談した。
そんな中で、記憶に染みついている言葉がある。大学院生だったSさんに、大学生活でやり残したことを聞いた時の言葉だ。
「やり残したことはないかな。サークルもやったし、彼女もできたし。充実してたよ」

私が電車に乗るのを、Sさんは見送った。電車のドアが閉まってSさんが見えなくなって、動き出してしばらくしても、ずっと「これが最後になりませんように」と願っていた。
せめてあと1回、会えれば。そう思っていたその1回すら、結局、なかった。
「最近忙しいから」。そう言われて、「そうですよね」。
そんな返答で、LINEは絶えた。その後、何度かLINEを送ったが、既読もつかなかった。

アプリの男に初体験を奪われヤリ逃げされ、私の心はズタズタだった

焼け野原みたいだった。私の心は。当時自覚はなかったが、明らかに気持ちはズタズタだった。そこから、少しずつ再生していった。本当に少しずつ少しずつ、私は前に進んできた。
彼氏ができたり、別れたりしながら、愛について考えた。自分がしてほしかった分まで、人に優しくした。
30単位落としたが、全部回収した。苦しみの最中、「自業自得だ」と言われ続けた。それでも、頑張って笑いながら、少しずつ。「大学生」をやり遂げたSさんを、ぼんやり尋ねながら。私は時と共に、進み続けた。
「初めて」の人は嫌でも忘れることができないという。その通りだった。私をヤリ捨てたSさんが、充実して終えた学生生活を、悔しくても、想像してなぞりながら、私の時は進んだ。

この間、卒論を提出した。提出し終わった後、涙が止まらなかった。声をあげて泣いた。
辛かったけど、遅れていた全てを取り戻せた喜び。それに加えて、Sさんから受けた傷の重さが分からずに、流すことのできなかった涙も、ようやく流すことができた気分だった。
今、私は大学生活を終える。あの頃のSさんと、同じ年になる。そして記憶の中のSさんを、越えることができる予感がする。

私をあっさりヤリ捨てたSさんへ、感謝と呪いを込めて

私をあっさりヤリ捨てたSさんを、私はあっさり忘れられなかった。そんなSさんが私にかけた呪いの正体は「Sさんの充実した学生生活」を想像させ続ける執着だ。いつも、考えてしまっていた。自分の学生生活は、Sさんのように充実するだろうかと。

よくも悪くも、私の大学生活の全ての始まりだった、Sさん。
……Sさん。ありがとう。あの時、何のためらいもなく、初めてを奪ってくれて。
ありがとう、「最後までしない」と私をだましてくれて。
ありがとう、あっさり連絡を絶ってくれて。
たった1日、一瞬交わった人生で、深い傷を刻み付けてくれてありがとう。

Sさんにとっては取るに足らないあの1日を、嫌でも何度も、何度も思い返した私のことは、知らなくていい。
Sさんに復讐する妄想を何度もしたことも、知らなくていい。
Sさんにいつか娘ができたら、優しく人を拒めない子に育ち、どこかの知らない男に、愛のない性行為で初めてを散らされればいいと呪っていたことも、知らなくていい。
Sさんの付けた大ケガのおかげで、出会った人が何人もいた。Sさんにえぐり取られた傷跡から、たくさん成長することがあった。
私の学生生活は、充実していた。もう、想像のあなたを尋ねることもないだろう。私がSさんを、呪うことも、もうないだろう。
あなたの呪いは、もうすぐ解けそうだ。