28歳、独身。
新卒で入社した会社に勤め続け、今年で7年目。
これはいわゆる“一般社会人”の私が、仕事との関係を見つめ直した話である。
花形の仕事を任され、やる気に満ち溢れていた1年後、休職することに
あれは社会人も6年目になり、責任のある仕事を任され始めた頃だった。
会社の中でも花形と言われるような仕事を任され、後輩を引き連れてチームでプロジェクトを進行していく。
上司は放任、よく言えば信頼してくれていたので、こちらも自身の裁量で幅広い仕事をこなしていった。仕事のできる先輩のように華やかにしなやかに、つつがなく仕事を遂行しなければ。
当時はやる気に満ち溢れていた、と思う。
そうして1年後、私は休職をした。
「適応障害」という精神疾患に罹っていたのだ。
今思えば、当時担当していた仕事のプレッシャーに押しつぶされ、己の不甲斐なさから精神のバランスを崩していたのだと思う。先輩のようには仕事ができない、自分がチームに入ると業務の足かせになるのではないか、取引先にも迷惑をかけている……気が付けばいつもネガティブな思いが頭を支配していた。
それでも仕事はやらねばならない。
がんばって電車に乗り出社するも、デスクに座っていられない。周りは忙しそうに仕事をこなしているのに、自分は効率が悪くて時間がかかっている。いるだけで迷惑かも……と次第に涙が溢れてきていた。
心療内科を受診。結果は思っていたものではなかった
コロナ禍ということもあり、週に2日は在宅勤務が許可されていた。在宅の日は電車に乗らずに済むぶん、いくらか気は楽だったが、ふと気づくと膝を抱えて泣いている時間が増えていた。
これでは仕事に支障が出てしまう、と思い、心療内科を受診した。
結果は「適応障害」。そして「3か月の休職を命ずる」。
まさか休職と診断されるとは思っていなかったので驚いた。せいぜい、「気にしすぎですよ、薬を飲んで様子を見ましょう」が相場だと思っていた。
それでも、診断書を貰ってしまったので、しぶしぶ上司に相談した。
結果、翌日から即刻休職することとなった。
復職までの9ヶ月間に考えて気付いた「仕事に求め過ぎていた」こと
休職中は仕事を投げ出してしまった申し訳なさ、自身の能力不足の不甲斐なさ、仕事に戻っても迷惑をかけてしまうのではないか……など、答えの出ない問題がぐるぐると頭を回っていた。
結局、復職には9か月かかった。
9か月もあれば考える時間はたっぷりある。
適応障害という病気の原因となった「仕事」とわたしの関係について、ゆっくりと時間をかけて考えるようになっていた。
そこで出た答えが、「仕事に求めすぎていた」という事だった。
やりがいを、周りからのサポートを、自己への評価を、私は求めすぎていた。
やりがいのある仕事を任せられて当然。
成果を挙げれば褒められて当然。
困難な仕事はサポートを得られて当然。
これらを無意識のうちに仕事に求めてしまっていたのだ。
また、求めることは「仕事人である自分」の首を絞めることにもなった。
同僚とは仲良くできて当然。
他部署からも頼られて当然。
愛想がよくて気が利くのが当然。
もちろん、できるに越したことはないが、できないこと・やりたくないことも尊重すべきであった。
復職して気付いた仕事のシンプルさ。仕事と私のちょうどいい距離感
そうして私は9か月の休職を経て、先月復職をした。
あれだけ重荷だった仕事も、やり始めてみればどうってことなかった。
自己嫌悪に陥っていた仕事も、なんてことない、シンプルなものに思えた。
同僚も、すんなりと復職を受け入れてくれた。
全ては自分が「求めすぎていた」から苦しくなっていたのだと、今ならわかる。
やりがいある仕事、自分が輝ける仕事、キャリアアップ……転職や求人広告でなんともキラキラした言葉が多く目につく昨今、仕事が楽しくない、打ち込める仕事に出会えていない自分は劣っているんだと悩む人も多いように感じる。
もちろん、仕事への欲求は大きな原動力にもなるが、仕事に多くを求めすぎてもメンタルバランスを崩す原因になる可能性があるから注意が必要だ。私のように。
一生を仕事に捧げるつもりがないのであれば、「仕事に求めすぎない」働き方も、ありなのではないか。
仕事とわたしは今日もちょうどいい距離感でつながっている。