「あー、また増えてる」
鏡を見ていた私は、1本の毛に狙いを定めて、えいや!っと手を伸ばした。
「痛っ」
ぷちっという音がして、銀色に染まった毛が力なく抜けた。
最近、また白髪が増えている。
どんどん年をとっていく自分。
若白髪ということもあるかもしれないが、29歳、もうすぐ30代に差しかかろうとする中、老いを感じる。
20歳の誕生日を迎えたとき、大人になった!と、喜んでいた自分だったが、今となっては誕生日を迎えるのが怖くなっている。

7倍速で人生を駆け抜けるあなたを撫で、大人って何だろうと考えた

大人になってから1年の長さが短くなっている気がする。本当にあっという間だ。
朝起きて仕事に行き、家に帰って寝る。
そんな毎日の繰り返しだからなのか。

「はあ〜。時の流れ、はやすぎるよねえ」
ため息混じりに、愛犬の頭を撫でる。
すると、
「いやいや、俺のほうが光の速さですぜ」
と眠たそうに目を細めながら愛犬が返事をした気がした。
私の7倍速で人生、いや犬生を駆け抜けるあなた。
あんなに小さかったあなたもいつのまにか6歳、人間でいうと42歳のおじさんだ。
あっという間に年をこされて、私よりうんと先輩になっている。

大人って何だろう。
働いて責任を持つこと? 自分で考えて行動すること? 子どもたちの見本になれるような人間になること? 結婚して家庭を持つこと? 
大人ってなんか難しそうで大変そうだ。
義務とか責任とか、考えると頭がぎゅーっとしてきて、果たして私はちゃんと大人になれているのかと不安になってくる。ただ老いを感じて不安になっているわけじゃない。きっと、自分が年相応に成長していない、
大人になれていないと焦っているのだろう。

「ああ、私も幸せ〜」。私は先輩に今日も癒してもらっている

「私はちゃんと大人になれているかねえ」
どこか心落ち着く香りを放つふわふわの頭を撫でながら、再び愛犬に話しかける。
「頑張って大人になるというよりは、気づけば大人になっているって感じだな。それぞれのペースで。まあ、時間が解決してくれるさ。まあ、そんな気負うなよ。それより、ガムくれるかい?」
愛犬は歯磨き用の白いガムを目で訴えて要求してきた。
「そっか、そうだよね。はい、ガムどうぞ」
きちんとお座りして待っている愛犬の口にガムを入れてあげると、くちゃくちゃと満足げに咀嚼を始めた。
「幸せそうだね」
思わず私も笑みが溢れる。

難しく考えすぎかも。
年相応の大人じゃなくていいじゃない。
自分は胸を張れるような立派な大人かと言われたら、まだそうじゃないかもしれないけれど。
ただ、時の流れのまま、身を任せて過ごしていったらいいじゃない。
そしたら、毎日を思いのゆくまま、一生懸命生きていたら、気づけば大人になっているものなのかもしれない。
おばあちゃんになったときには、さすがに人生経験豊かな大人になっているだろうし。

朝起きて散歩行って、寝てご飯食べて遊んで、また散歩行ってご飯食べて寝る。
私の7倍速の人生を送っているあなたは、マイペースにいつも全力で毎日を楽しんでいて、幸せそうだ。
「ああ、私も幸せ〜」
私は先輩に今日も癒してもらっている。