17年間一緒だった私の友達へ。あなたが亡くなった時、悲しむより先に、ホッとしてしまってごめんなさい。
両親が共働きで鍵っ子だった私の帰りを待ってくれた
その友達が我が家にやってきたのは、小学3年生の9月、田んぼの近くにトンボが飛び始めた頃でした。ペットショップで目の合った小さなビーグルの女の子は、私たち家族の心をあっという間に掴んで、すぐに連れて帰ることに決まりました。我が家にはほとんど写真がないのに、ペットショップであなたを抱いた私と妹の写真だけは、今でもずっと実家の台所に飾ってあります。
毎日学校から帰ったら、まず最初に離乳食を作りました。固い成犬用のドッグフードをお湯に浸して、柔らかくして潰して食べさせました。トイレシートを交換して、ご飯をあげて、一緒に遊ぶのが私の仕事でした。両親が共働きで鍵っ子だった私に、帰りを待ってくれている存在が増えました。
本当は骨がしっかりしてくるまで散歩には行かないほうがいいと言われていたのに、あなたがあまりにも可愛くて、周りに自慢したくてしょうがなくて、早めに外に連れ出してしまいました。そのせいかどうかはわからないけれども、筋骨隆々ながっしりした子に育ちました。あなたを抱きしめた時の重量感が、私はとても好きでした。
私があなたと散歩に行かなくなったのは、いつの頃からだったでしょう。朝の早起きがしんどい、テスト勉強がある、気が向かないなどと言って、私はたまにしかあなたと遊ばなくなりました。家にいる時も私はずっと自分の世界に籠るようになり、あなたとほとんど顔を合わせることがなくなりました。それでも、私が泣いている時、そっと近くに来て慰めてくれるのはあなたでした。学校から家に帰ってきた私を毎日迎えに出てきてくれたし、私が病気で寝ている時に隣で寝て看病してくれました。
お腹にできた腫瘍に触るのが怖くてあまり抱きしめなくなった
大学進学を機に、私は家を出ることになりました。あなたと会うのは年に数日だけになりました。気が付かない間にあなたは年老いて、ほとんど自力で歩くことができなくなっていました。散歩に連れ出してもすぐに帰りたがるので、もう一緒に外に出ることもなくなりました。トイレの失敗も増え、深夜に1人鳴き続けるようになりました。母は毎日夜鳴きをするあなたのそばに行き撫でてあげていましたが、私はそれを疎ましく思い、聞こえないふりをして寝ていました。お腹にできた腫瘍に触るのが怖くて、あまり抱きしめなくなりました。
社会人3年目の5月、あなたが亡くなったと連絡がありました。私は、もう実家に帰ってもあなたの夜鳴きを聞かなくて済む、年老いて寝たきりになったあなたの姿を見ずに済む、と、ホッとした気持ちになりました。
あなたの老いを受け入れないまま何年も過ごしてしまってごめんなさい
私はずっと後悔しています。散歩に行かなくてごめんなさい。一緒に遊んであげなくてごめんなさい。撫でてあげなくてごめんなさい。抱きしめてあげなくてごめんなさい。話しかけてあげなくてごめんなさい。あなたの老いを受け入れないまま何年も過ごしてしまってごめんなさい。大好きだと、私の友達で、家族で、私にとってのただ一人だったのだと、今になって思っても、あなたはすでに空の向こうの遠くに行ってしまって、私にはどうすることもできません。
私の家にきて、あなたは幸せでしたか。もっと大切にしてくれる家族が他にもいたのではないですか。紙やすりで擦ったような心のざらつきが、私は今も消えません。あなたを失った痛みを直視したくないがために、あなたのことを思い出さないように、楽しかった思い出すら考えないようにしてしまって、本当にごめんなさい。
今、虹の橋の向こうで、不自由だった体から解放されて、自由に走り回って、好きなものをたくさん食べられているといいなと思います。たくさんの幸せが、あなたの周りに降り注いでいますように。