バレンタインが好きなイベントになったのは最近の話。前は戦争だった

手作りのマカロンや和菓子を好きな人のために作って贈ったり。
国際フォーラムで行われたサロンデュショコラに行って、宝石みたいに並んだチョコレートたちに歓喜したり。
日頃お世話になっている会社の面々に感謝を伝える機会にしたり。
旦那さんの実家から毎年段ボール箱いっぱいに届くチョコレートからハッピーをもらったり。
バレンタインは、チョコレートを愛する私としては大好きな一大イベントだ。
でもそれは割と最近の話。
数年前までは某高級チョコレート店に勤めていた私にとって、バレンタインとは戦争だった。

新入社員だった私は、バレンタイン・ホワイトデー期間はひとりで特設店舗、いわゆる駅前などに設置される催事を任されていた。
他の社員やアルバイトスタッフは常設店舗にかかりっきりで、相談くらいには乗ってもらえたが、責任は全部私ひとりにのしかかる。
協力者はその期間だけ雇う短期アルバイトちゃん達20人ほどだ。

朝から晩まで8連勤し、彼女たちに接客や会計の仕方を教え、休憩時間を組む。
品切れが続出する中、毎日新たなディスプレイを考えて並べ替え、チョコレートや紙袋を無駄なく、かつ切らすことなく発注する。
一年で最もやりがいを感じられる時期でもあるが、最も過酷な時期でもあった。

辞めた今でも思い出すのは、苦労話より店舗で感じた人の温かさ

繁忙期は1日100万円ほど売り上げる店舗だったが、その分レジ誤差が出やすい。
疲れた体で帰宅しようとレジを締めようとしたら、お金が合わなくて半泣きで深夜に一人原因を調査したり。
試食を盗まれ大騒ぎになったり、危ない人に接客中に絡まれたり。
紙袋や保冷剤が本社にもなくなってしまい、余分に持っている他店にいただきに上がったり。
ショーケースを運んでいる際にバイトちゃんがガラス扉を誤って割ってしまって、あわてて業者に再発注し扉のないままオープンを迎えるなど、トラブルは尽きなかった。

でも苦労話より不思議と辞めてしまった今でも、この季節になって「バレンタインデー」の文字を目にすると、思い出すのはカイロを貼りながら何時間も立ち続けた真冬の店舗で感じた人の温かさだ。
毎年のことで混むとわかっているのに、「今日は顔が笑ってないぞ」「お前が勧めたこれ、ちっともうまくないぞ」と憎まれ口を叩きながら、欠かさず来てくれて職場の同僚や息子、果ては息子の彼女までお店に連れてきて紹介してくれた常連さん。
警備員さんが「お疲れ様」と言ってこっそりくれた和菓子。
隣の店舗のパティシエくんが「寒いと思って」と人数分買ってくれた温かい紅茶。

私は戦士ではなくなったけれど、代わりに戦ってくれている人がいる

今、みんなはどうしているんだろう、と振り返る。
人間関係も会社そのものも嫌になって辞めてしまった場所だけど、あそこにはあそこの優しい繋がりが確かにあったと、懐かしく愛おしく思い出す。

私は戦士ではなくなったけれど、代わりに戦ってくれている人たちがいるから、私はチョコレートを幸福な気持ちで買いに行ける。
自分より若い子が暗い顔で商品を運んでいたり、店舗の片隅で落ち込んでいるのを見るたびに、何年か前の自分のように思えて「頑張れ」とエールを送りたくなる。

昔の恋愛ではなく、これがこの時期蘇る、苦くて甘い私のバレンタインの思い出。