私は今の会社に事務員として入社し、今年で9年目になる。
気が付けば、家族や友人と過ごす時間よりも長く過ごしているのが職場だろう。入社した頃は、今の会社とこんなに長い付き合いになるとは想像もしていなかった。

入社してからの様々な転機。結婚、出産…私は不安で焦っていた

私は大学を2年で中退している。その時の父との約束は、「大学を辞めたら1人の大人としてお金を稼ぎ続ける」ということだった。

大学を辞めてすぐに就職活動を始めたが、なかなか内定をもらうことは出来ず、予想通り大変だった。
今の会社は入社当時、小さなプレハブの事務所で、静かで狭いというのが第一印象だった。ひとつ前に面接に行った会社が立派なオフィスだったので正直期待はしていなかったが、社長はとても気さくな人で、就職活動を始めてから、初めて自分という人間に目を向けてもらえた気がした。
内定の連絡をもらった時は本当に嬉しかった。

入社してから今までの8年間、様々な人生の転機があった。
入社して3年目の年に、同じ会社の営業の人とお付き合いを始めた。他の営業所から配属された人で、身体的にも精神的にも大変な仕事環境の中、いつも冷静に淡々と仕事をこなすところに惹かれた。その頃から私にとっての“職場”が少しずつ変わり始めた。

年下の新しい事務員が入社し、初めての後輩ができた。
職場においての自分の立ち位置も変わり、責任が大きくなる分誰かに頼りにされたり、提案したことが採用されたりすることに充実感や達成感を感じることが多くなった。

そして1年後には結婚、次の年には娘を出産した。
妊娠中には、ひどい悪阻などでたくさん仕事を休まなければいけなくなったり、育児休暇を取得し職場復帰をすることで、どのように仕事と向き合っていくべきか、周りの人たちとの関わり方をするべきかなど、結婚前には考えなかった問題を抱えるようになった。

職場復帰してからも娘の夜泣きはしばらく続き、保育園の送り迎えなど体力的に大変なのはもちろん、職場では時短勤務で働いている分、必死に会社に貢献しなければと、最初は焦りと不安の気持ちばかりだった。

私の気持ちを支えてくれる夫と、娘に向き合ってくれる先生の優しさ

そんな自分でも抱えきれなくなった気持ちを支えてくれたのは、他でもなく“人”だった。
家事を分担し、精神的に支えてくれた夫。自分自身多忙な毎日にも関わらず、1週間働き終えると「お疲れ様」といってくれた。私の性格をよく理解し、時には1人になる時間をくれた。私の考えが甘い方向に向かいそうな時には、時折厳しい意見もくれた。そして何より、職場に私の居場所があるのは彼のお陰でもある。

次に保育園の先生。まだ1人で歩くことも出来ず、離れたくなくて泣く娘を置いて職場へ向かう。最初は出勤途中の車の中で涙が溢れた。「これで正しいのか」。何度も自問自答した。
しかしその気持ちは自然と消えていった。大切なのは、自分自身が選んだ今の生活に自信を持ち、胸を張っていることだ。先生たちの一生懸命子供たちと向き合う姿勢と優しさは、私にとって大きな刺激になった。

職場にいる時間が短くても、周りの人たちの表情や行動に目を配りながら、同僚とのコミュニケーションを大切にするよう心がけた。
私が育児に関する話や、時には苦労を打ち明けることで、同僚はさらに気兼ねなく自分と接してくれるようになり、よりいい関係を築くことができた。そんな同僚の存在がさらに私を強く、そして優しくしてくれたように思う。

また身だしなみに関しても、忙しいからといって決して怠らないことを自分の中で約束事とし、疲れている時や、元気がない時こそ笑顔で過ごすように自分に言い聞かせた。

私は自分の生活と人生が好きだ。仕事と私の間にある、強い絆

自分が職場に穴を開けた経験から、1つの業務だけでなく、全ての業務をある程度全員ができるようになる業務分担の配置設定と新人育成を提案した。それまで当たり前にあった残業も、時間はかかったが徐々になくしていった。
日頃から全員が助け合う意識を持ち、自分が助けた分、助けてほしい立場になった時に遠慮なく助けを求めることができる職場にしたいと思ったからだ。

年中さんになる娘。保育園からの帰り道、「保育園楽しい?」と私が聞くと「ママはお仕事楽しい?」と娘が聞いてくる。「楽しいよ!」と胸を張って娘に伝えられることを誇りに思う。
自分の為に費やす時間はほとんどない。でもこの生活と自分の人生が好きだ。仕事と私の間には、強い絆がある。
これが私の“働き方”であり、“生き方”である。