大学を卒業して入社した会社は何となく受けた。滑り止めや面接練習のつもりで受けたが、初めて内定をくれた会社だった。うれしかった。
気が緩んだのだろう。それから何社か受けたが、内定は1つももらえなかった。
とりあえず3年。そう思ってスタートした社会人生活は、困難の連続だった。

何もできない。何の役にも立てない。自分は無力だと痛いほど感じる

先輩の顔を覚えるので精いっぱい。仕事内容はなかなか定着しなくて何度も同じことを聞いてしまう。コピーするだけでいい内容ですら、気づかないうちにミスをして別の部署の人に呼び出される始末。上司や先輩と一緒に謝りに行く。
電話をとっても相手の名前をちゃんと聞き取ることすらできない。何度も聞き返すうちに別の電話が鳴り始める。パソコンに集中したまま、先輩が手探りで受話器を取って、対応する。
配属されてすぐはこんな調子で、17時30分になると、先輩に促されるまま帰路に就いていた。
「どうせすぐに夜遅くまで働くようになるんだから、今のうちに帰ってゆっくりしなよー」
そう苦笑いをしながら話す先輩は明らかに疲れていた。自分も3年後はこうなるのだろうかと思ったのを覚えている。

車で家まで片道40分。
途中にある港に寄る。仕事着のまま、堤防の上に座って沈んでいく夕陽を見る。
「今日も何もできなかったな」
そうつぶやくと、赤く染まった海がにじんで見えた。自分の無力感を痛いほど感じる。
何もできない。何の役にも立てない。ずっとこのままなんじゃないだろうか。
仕事を本格的に任されて、残業をするようになったとしてもミスをして、ほかの部署の人にも先輩や上司にも迷惑をかけて謝って……そんな毎日が続いていくようで怖かった。
夕日がまぶしくて、堤防に仰向けになってみる。空は青くてどこまでも広かった。
世界で悩んでいるのが一人であるような気がして、寂しくなった。それでも泣いたからか心は少し軽くなっていた。
帰らなくては。明日も朝7時に家を出て仕事に行かなければいけない。

やがて先輩の予想通り、2か月後には残業をするようになり、2年、3年と経つと仕事の手順にも慣れた。
ミスしたことで、どこに気を付ければいいかを掴んでいった。ミスした時の対応や怒られるのにも慣れたのかもしれない。
慣れてくると、今度は本当にこの仕事を続けていいのだろうかという疑問が生まれた。働く人の名前や距離感、コミュニケーションの取り方は覚えた。しかし、同じ環境にいると、ほかの環境で生きていけなくなったような気がしてくる。
もしも会社が倒産したら、もしもクビになったら、そうなれば私はどうやって生きていけばいいのだろう。

30歳近くにもなって将来のビジョンが見えない。私の夢はどこ?

「やりたいことをして生きていく。好きなことで稼いでいく」
世の中にはそんなセリフであふれている。みんな、そんなにやりたい夢を持って生きているのだろうか?30歳近くにもなってまだ将来のビジョンが見えない私は、そんなセリフを聞くたびに戸惑う。
学生時代から行動はしてきたほうだと思う。どれも楽しくはあったけれど、これだ!というものには出会えなかった。

今もまだ探している。みんなどこで見つけているのだろう。私の将来の夢はどこにあるのだろう。
時々、このまま将来に悩み、迷っているうちに年を取って何にもなれないまま死んでいくのではないかと不安になる。何をやってもやり遂げることができないまま時間だけが過ぎていく。
鏡を見て、しわや疲れが見えるたびに焦る。友人からの結婚報告や充実した毎日をSNSで見るとさらに焦る。焦燥感から逃げるために仕事に打ち込む。
集中している間は考えなくていい。頭の隅に残る、本当にこれでいいのだろうか?という疑問すら見えなくなるように。

とりあえず、仕事に夢を持っている人の話を聞くことから行動開始

仕事をやめて転職を繰り返す友人もいる。正直、自分には合わなかったとすべてを投げ出せる素直さと勇気と決断力がうらやましい。真似してみようかとも、時折思う。
でも、なじめない未来を想像して怖くなって、結局、立ち尽くしてしまう。このまま、この疑問を持つこともできなくなるのかもしれない。その方が怖い気がした。

とりあえず、行動するようにしてみた。
仕事に支障が出ない程度に、仕事には関係のない、面白そうと思ったことをやってみる。
自分が好きな仕事や私が興味ある仕事をしている友人にどうやって今に行き着いたのか、聞いてみる。これからどうやって生きていこうと考えているのか、問うてみる。
みんな思い思いの未来を話してくれる。その自由さや視野の広さに驚くし、自分がいかに今に執着して狭い視野で物事を考えているのかに気づかされる。
好きなことを仕事にしている友人は生き生きして仕事の話をする。聞くだけでわくわくするし、楽しそうだ。

自分もいつかこんな風になりたい。そのためにもやりたいこと、夢、将来の自分を探すことをやめないようにしなければいけない。楽なことではないけれど、あきらめなければいつか出会える。仕事に夢を持っている人の話を聞いた今なら、そう思える。