給与が増えず、業績に反映されなくても、察することは大切だ

言葉って、難しい。同じことを伝えるのにも言い方ひとつで印象がまるで違う。誰が、いつ、どこで……すべての条件が影響する。
顔を見て直接会話をしていれば、相手の表情の変化や目線、仕草といった視覚的な情報からある程度「察する」ことが可能な場合も多い。そうやって、上手く仕事が進むように立ち回ってきた。

「あ、今日この人は機嫌悪いな」と思えば、必要最低限のコミュニケーションで済むように、どのように伝えるのが一番スマートか考える。
「きっと話したいことがあるんだろうな」と思えば、「これってなんでしたっけ?」なんてとぼけて、軽い調整事項から相手が話しかけやすい隙を作る。
困っているような仕草を見つければ、周りから気づかれない程度に独り言を言ったり、ヒントになりそうなことを口にしたりして、さっとアサーションする。

こんな事をしたところで、いったい何になるの?というのは当然の指摘だ。
私たちの本来の業務は空の交通整理。地上から無線を使ってパイロットに指示を出しながら、必要があれば関係機関と調整しながら、航空機が順序良く並ぶように空を見守っている。
チーム単位でその業務に当たっているのだが、直接的に生産性のあることをしているわけではない。人によってはそんなところにエネルギーを使うなんて馬鹿げているとか、嫌いな人の機嫌取りまでしたくないとか、冷たい意見を持つ人もいるだろう。面倒くさいことはしたくないと、我関せずを貫く人もいる。
実際、そんなことをしたって給与は増えない。業績にも反映されない。

変化を読み取るトレーニングは、声から状況を読み取るために必要で

それでもその場の雰囲気、環境は人のパフォーマンスに大きく影響する。ピリピリした空気というのはそれだけで多大なプレッシャーになる。
たった一人でも不機嫌になるということが、どれだけ業務に対するリスクを高めているか。それだけでチームメンバーのパフォーマンスが下がるなんてことのほうが、私には耐えられない。防げることは防ぎたい。

そんな私は毎日のように一人反省会を開催する。
「あの時こういう聞き方をしておけば」
「あの一瞬の違和感に気が付けていれば」
「あの意図を正しく理解していれば」
そうすれば、もっと円滑に業務が進んだのに、私が我慢すれば済んだのに。自分の不甲斐なさに落ち込む。メンタルなんて強くない。

でも、こうした小さな変化を読み取るトレーニングは必要だ、と言い聞かせている。
私たちが本当に気にかけて接しなければいけないのは、おそらく初めて話す、顔の見えない相手なのだ。直接会わずにやりとりするというのは、一般的にも非常に難しいと思う。
最近は電話対応が苦手という人も多い。既によく知っている相手であっても、時に言葉尻一つで気分を損ねてしまうこともある。「声」だけが手がかりでは、相手の状況を読み取ることが本当に難しいのだ。

どれほど業務と給与が割に合っていなくても、お人好しの自分がいる

同時に、自分の「声」が相手にどう届くのかも意識しなければいけない。違和感や不信感を与えるようなことをして、相手のパフォーマンスを落としてはいけない。できる限り、安心し信頼してもらえるように。毅然とした声が必要な時もあれば、優しい声が必要な場合もあるだろう。

相手は何百人という乗客の命をその手に握っているのだ。あるいは、将来そのように乗客の命を預かるために訓練を受けているのだ。何より、まず自分の命を懸けて、空を飛んでいる。地上にいる時と比較して、上空にいる時の人間の脳の働きは三割程度まで低下するといわれている。そんな相手に対して、地上の私たちが気配りできなくてどうする。

そんな彼らが去り際に残していく「Thank you. Good day.」の言葉だけで、私の苦労は報われる。
挨拶程度の軽いやりとり……真に心がこもっているかと問われれば、嘘になるかもしれない。それでもとにかく、ありがとうという言葉の持つ力は偉大だ。

私はいつだって、その言葉を待っている。どれほど業務と給与が割に合ってないとしても、文句を言おうと思わないのはこういうお人好しな自分がいるから。
「Good day.」と返答しながら、無事にお互いの業務が終わりますようにと祈りながら。
今日も私は八方美人を演じてお金を稼いでいる。所詮仕事なんて、そんなものだ。