もし今あなたに会えたなら、私はシンガーソングライターになったこと、あなたのおかげでクラブミュージックを好きになって、自分の楽曲にも少し取り入れていることを伝えたい。
あなたのお陰で、私の世界が広がったのだと。
私の表現の一部に、あなたの存在が今もいるということを。
あの人は、今どこで何をしているのか、私はわからない。

一人でクラブに行ったあの夜。入場後に向かったのはサブフロアで

私とあの人、Fとの出会いは、クラブだった。
約3年ほど前の夏だ。渋谷のクラブで出会った。
私の中で人生2回目のクラブ。日本でクラブに行くのは初めてだった。
ガールズオンリーのクラブイベントだったため、普通のクラブよりは怖くないだろうと思い、足を踏み入れた。

友達が欲しい人、戸籍上女性のパートナーが欲しい人、目的は様々。
オールナイトイベントだったため、私は仕事終わりに一旦家に帰ってから行った。
フリルのついた黒い半袖と水色のミニスカートに着替え、7cmヒールのあるサンダルを履く。

黒い丸いポシェットの中に必要最低限のものを入れて、渋谷へ向かった。
夜の渋谷は少々怖かったことを今でも覚えている。
スマホで表示された地図を見ながら、表通りから裏道に入る。
夜の10時半は過ぎていた気がする。
クラブの前にはたくさんの人が並んでいた。

私は1人で来ていたため、誰かと話すことなく無言で列に並んでいた。
入場すると、もう既に音楽がかかっていたのだ。
私はワンドリンクをバーで交換してから、メインフロアではなく、サブフロアへ向かった。
そちらの方が、人が少なかったからだ。

遠くから見つめていたDJは、私が見ていたことを覚えてくれていた

メインフロアでもDJの人が盛り上げていたが、サブフロアにもDJの人がいた。周りに人はいなく、通り過ぎていく人ばかり。
私はそのDJを遠くから見つめた。音楽を聴いて踊ることはしなかった。
バーで交換したドリンクを持ちながら、DJを見つめていた。
かかっていた曲は、知っている曲ではない。如何にもクラブっぽい曲だった。
時々そのDJと目が合った。気のせいだろうと思っていたが。
そのDJこそ、私が今会いたいFだ。

Fは戸籍上女性。しかし、外見はボーイッシュな装いだった。

時間が進むにつれ、新しい友達がクラブ内でできた。
日付が変わり、メインフロアにいると、大きな声で誰かの声が聞こえた。どうやら私に声をかけているようだ。
「ねぇ、さっきはありがとう!来てくれて」
メインのダンスフロアは、サブフロアより更に音が大きく、喋るには相当大きな声でなければならない。
声をかけてきたのは、Fだった。
「……いえいえ!」
恐らく驚いた顔をしていたと思う。
Fが話を続ける。
「良かったら、Twitter交換しない?」
Fがスマホを取り出す。
「良いですよ」
私も取り出す。
そしてお互いのTwitterを交換した。
「ありがとう!じゃあまたね!」
Fはすぐいなくなった。
しかし私は更に数時間後、暗めな場内でFを探し、ツーショットを撮ってもらったのだった。

やり取りを繰り返した日々。Fが好きだった曲も聴くようになった

それから私達2人は、DMでやり取りを繰り返した。夜更かししながらやり取りしたこともある。
ある時は、FのTwitterアイコンを一緒に考えた。
ある時は、私が好きなサンリオの話で盛り上がった。
Twitter上がメインではあったが、Fとのやり取りは楽しかった。
私はFが好きだというハウスミュージックを聴くようになった。様々な曲を聴き、インプットしていった。

次の年の2月には、また同じクラブイベントがあり、Fも出演するということを知った。
私はFに会いに行った。
会えば久しぶりを感じさせない2人。
たくさんお喋りをした。
Fは今度はメインフロアでDJをした。
私はFのターンの時、ステージに上がり、Fの元に駆け寄った。踊るわけではない。
Fの写真を撮ったり、動画を撮ったりして楽しんだ。
Fは私を見て笑顔でピース。私も笑い返した。

あの時私があなたを見つけたように、今度は私を見つけてもらいたい

その年の秋頃だろうか。私の元に悲しいお知らせが届いた。
それは、FがDJを辞めること。そしてTwitterのアカウントを消すこと。
どうやら、元からしていた仕事がより忙しくなってしまったらしい。
Fは挑戦したいことが多い人間だということを知っていたので、背中を押すことしか私はできなかった。
アカウントを消す前に、私はFにお礼を伝えた。
またどこかで出会えたら嬉しいということも。

Fは本当にDJを辞め、Twitterのアカウントを消した。
その後、Fがどこで何をしているかはわからない。
私が初めてFをクラブのサブフロアで見つけたように、今度はFが私を見つけてくれたら良いなと思っている。
私は今シンガーソングライターとして活動しているよ。
あなたのおかげでクラブミュージックを好きになって、自分の楽曲にも少し取り入れているんだよ。