知りたくなかったこと。痛いほどの教訓になったこと。
私にとってそれは「食べ物を粗末にすると、バチが当たるよ」ということだ。

そんなご説法「知らんがな」。幼い私は話半分以下に聞いていた

日本人なら、食べ物を残してはいけない、遊んではいけないと小さい頃から口酸っぱく言われているのではないだろうか。私もそうだった。
ご飯を残せば、遠いアフリカの飢えている子供たちはひもじい思いをしているのだ、と説教され、お米には88の神様がついているのだと、お茶碗に残った米粒を注意される。
そんなご説法も、幼い私からしてみれば「知らんがな」。狭い世界で生きていた私にとってはるか遠いアフリカの子どもたちの解像度は低いし、88の神様がついているお米はなぜか残り数粒になると俄然箸ではつかみにくくなる。
残しちゃいけないというのならば、もっとつかみやすくなるようになるとか、米粒からの歩み寄りもみせてほしいものだ。幼い私は「食べ物を粗末にすると、バチが当たるよ」という言葉を、話半分どころか話16分の1くらいにしか聞いてなかった。

そんな私が忠告を痛感する出来事があった。皆さんは一目惚れして1秒後に失恋したことがおありだろうか。しかも理由は食べ物を粗末にしたせいで。私はある。今日はそのことについて書こうと思う。

悪ノリでジンギスカンを作ったバチは、味がまずいだけでは終わらない

高校1年生の5月に、親睦を深めるために成田夢牧場への遠足が行われた。知り合ったばかりの初々しい遠慮がちな4月を乗り越え、行きのバスから大変な盛り上がりを見せた。
問題はそのノリの良さが、牧場につきグループで昼食にジンギスカンを作ることになった際、悪ノリに発展したことだった。

「なあ、ジンギスカンに牛乳と麦茶混ぜてみない?普通に食べるのだけじゃつまらないよ」
悪ノリはグループの男子O君が発したこの一言から始まった。ノリとその場のテンションだけで生きていた15歳の私たちは、「いいね!それ!やってみよう!」とノッてしまった。
ジンギスカン用の肉に、牛乳や麦茶、テーブルに置いてあった調味料をどんどん足していった。他のグループと明らかに違う異形、異臭のジンギスカン(だったもの)。食べてみると激マズだった。
「ナニコレめちゃくちゃまずいじゃん!O君のせいだからね~!」と責める私たち。「ごめんって」と謝るO君。
しかし食べ物を粗末にしたバチは、ただ単にジンギスカンがまずくなっただけではなかった。

帰りのバス。出発すると同時に私のお腹が危険信号を発信する。おならや腹痛、血便、頻便、下痢等の症状が出る、潰瘍性大腸炎という腸の疾患を抱えている私は、国が認めた難病患者であり、いわば「公に認められたOPP(お腹ピーピー)」。その私のお腹に、キュルキュルという音を立てて、便意が襲ってきている。

さっきのジンギスカンだ、とっさにそう思った。
ここで便などもらそうものなら、私の華々しい高校生活は灰色に、いや茶色に染まるに違いない。絶対にもらしてはならない、でも便意は絶えず迫ってくる。
お腹の緊急事態宣言が発動された。高速に乗ったバスは、途中トイレ休憩の予定はない。2時間地獄の時間が始まった。

半狂乱のまま駆け込んだトイレは長蛇の列。男子トイレに飛び込んだ

絶えず押し寄せる便意を押さえるのに必死で半狂乱であった私は、その2時間どんな行動・発言をしていたかは記憶にない。しかし、それを目撃したクラスメイトの中では、「あのまよは凄かった」と伝説になっている。
ある友達曰く、「まよはくっさいおならを連発していて、皆に『くさいよ!』と言われると、お腹を抱えながら『おならは生理現象なの!屁をこいて何が悪い!』と怒鳴り散らかしていた」らしい。
漏らす前にもうすでに色々終わっている気がするが、私が2時間考えていたことはただ一つ、「絶対あのジンギスカンのせいだ!変な味したもん!ああバチが当たった……」ということである。

2時間の地獄のドライブを終え、解散となると、一目散に近くの公衆トイレに駆け込んだ。しかし我慢していた女子生徒は多いらしく、長蛇の列。
これを待っていたら本当に漏らしてしまう。
そう確信した私は、男子トイレに誰もいないことを確認して、男子トイレの個室に飛び込んだ。これで3年間の人権は守られた、と間に合った安堵感で、私は用を足したあとも立ち上がることができなかった。闘いを終えたボクサーのような気分であった。
さて、帰るか、と準備をし始めたとき、恐れていたことが起きた。

コンコン。

男子トイレの個室のドアがノックされたのだ。

ノックした男の子と目が合う。一目惚れだった。でもその瞬間失恋した

やばい!男性利用者来た!逃げる場所を探しても、そこは個室トイレ。当然逃げる場所などなかった。
どうしようと焦っているうちに、もう一度、

コンコン。

とノックされた。逃げられない、そう絶望し、覚悟を決めた私は、トイレのドアを開ける。
開かれ、顔を上げるとそこにいたノックの坊主の男の子と目が合った。
ドストライク。あろうことか、その時、私はその男の子に一目惚れしたのだった。

友達から「好きなタイプは?」と聞かれると、小さい頃から私は「坊主」と答えていた。実際好きになる男の子も、野球や剣道、バスケとやっているスポーツはバラバラだが、皆一様に坊主であった。そして中でも坊主の野球少年に私は弱かった。

そのくらい坊主の男の子がツボな私の、まさに理想のタイプが目の前にいた。一目惚れだった。でもその瞬間失恋した。
なぜならそこは男子トイレで、私は女で、しかも私のくっさい用を足したばかりのトイレを、一目惚れした彼がこれから使うのだから。「お待たせしてすみません」と視線を下げ、呟くように謝ると、私は急いでその場から逃げ去った。

その後、その男の子は隣のクラスの野球部員だということが判明した。
学年中に男子トイレで大便した女と噂が広まるのを恐れていたが、そのような悪評はまるで出て来なかった。どうやら野球部員の彼は口が堅いらしい。そんなところもカッコいい。惚れたぜ。失恋しているけれど。

温故知新、大人が言うことは本当だった。私は食べ物を粗末にした結果、バチがあたったのだった。
教訓!
「失恋したくなければ、食べ物を粗末にして遊んではならない。特にジンギスカンに牛乳や麦茶をかけて食べては絶対にいけない」
それが私にとって、「知りたくなかった、あのこと」である。