「今もし あなたに会えたら」なんて今回のテーマ、まるで私のためにあるみたいだと思った。そううぬぼれてしまうくらい私には忘れられない人がいる。
あの人と会わなくなってから、文字通り今あなたに会えたら、と何度も考えた。
あの人は今何をしているのだろう。私はあの人とのことを仲の良い友人の誰にも話したことはない。彼は誰かに紹介できるような人ではなかったから。私の心の中にずっと残っているあの人は、まさに雪のような人だった。
冬の間しか存在できず暖かくなると溶けて消えてしまう冷たくて美しくて軽いあの人。少しだけ、彼の思い出話をさせてほしい。
体の関係だけのはずだった。時間の流れとともに変化する気持ち
彼から連絡が来るのは、いつだって気まぐれだった。
突然、夜の10時過ぎに「リラルリ、これから家に来いよ」とラインが来るのはよくあることで、私はその誘いを一度は断るのに、「いいから、今すぐ来いよ」と電話がかかってくる頃には身仕度を整えていた。
彼は私の扱いをわかっていたのだ。押しに弱い私の扱いを。
あの人の気まぐれで自分勝手なところが好きだった。適当に見せかけて、落ち込んでいるときはすぐに気づき慰めてくれる日もあれば、仕事で良いことがあったときは一緒に喜んでくれる日もあった。
ベッドの上では本当の恋人のように大切にしてくれたし、身体の相性が良かったのかそれまでで一番満たされた。あの人も私の身体を気に入っていたのか、私の家に来ることも、彼女がよく来る家に私を呼ぶこともずっと続いていた。
私はあの人に誕生日を祝われたことはないけど、私も彼の誕生日を知っていても祝うことはしなかった。バレンタインはあげたこともあったけれど、クリスマスは何かしたいとも思わなかった。私は自分が本命ではなかったことをずっと肌身で感じていたから、普通の恋人同士がするイベントはあえて避けた。
ただ、あの人との二人の時間が好きだった。その瞬間の彼が好きだった。彼の声、髪の毛、背中、二の腕、太もも、あらゆる身体のパーツが好きだった。私と身体を合わせている瞬間は彼には私しか居なかったし、私にとっても同じことだった。
私にとって、あの人は好きで好きでたまらない相手ではなかった。彼の家に泊まったときに彼女のものを見ても不思議と嫉妬することはなかった。どうして、私が彼女になれないのだろうと考えたこともなかった。
あの人はよく「彼女と結婚しても私と(の関係)は終わらせない」と言ってくれたからかもしれない。彼女と私は違う人間で、彼女に求めるものを私に求めない気楽な関係が良かったのかもしれない。私も彼女になるのがいやだったのかもしれない。
そんな宙ぶらりんで危うい関係でずっと私たちは一緒に居続けた。
それでも、長く一緒に居ると情は湧くし、身体が好きなだけと言っても言葉を交わして話すことも好きになれば、彼の感じることや考えることも好きになった。
価値観が合わなければ、身体だけの関係も続かない。心を知るほど、私たちは互いがなくてはならない存在になり始めた。
あの人は弱さを見せるのが苦手で、彼女に言えないことも私に言うようになった。私は彼と会っている瞬間は彼のすべてを受け入れたし、それを見せてくれる彼が好きだった。
身体のみを好きだったあの人の心も好きになってしまったのだと思う。それまで心から誰かを愛していると思ったことはなかったのに、愛していると思ってしまった。そして、たぶん彼も私を愛していたのだと思う。
私が仕事を辞め、実家に戻り、無職の頃にも定期的に連絡が来た。
「元気?」「今何してるの?」「これから新幹線に乗って、会いに行こうか」「仕事休んで日帰りすれば大丈夫だよ」
離れられるのが怖くて私から終わりにした。でも今も忘れられない
この関係に先に終止符を打ったのは私だった。
あの日、いつものように新幹線に乗って会いに行くよと冗談めかして言っていたあの日に、不意に来週会いに行こうかと電話で言ったのだ。
私はその電話を切った後に、嬉しいよりも怖い気持ちが強かった。会ったら、彼の彼女になれるのだろうか?もしなれても、これまでとは違う関係になるのではないか?
今までは時々会うから良かったけれど、付き合えば良くない面も見せなければいけなくなるかもしれない。そんな私を見せて、嫌われたり幻滅されたり、離れていってしまったら?
私の中で彼への不安がどこまでも膨らんだ。彼に幻滅されるくらいならいっそ消えてしまった方がいいと思った。そうして、ラインをブロックして彼のアカウントを削除した、彼との未来を見たくなかったから。
身体から始めた関係を本気にするのが怖かった。あの人の本命になるのが怖かった。私はいつも誰かの本当に大切な相手になることを怖れている。離れていくことを恐れて愛されることを拒否している。だから、身体だけの関係に満足していたのだ。
あれから、何度も彼のことを考えた。知り合いから、ついこの間、彼が結婚したことも聞いた。
彼は、私に話していたやるせない気持ちをその相手に言えるようになったのだろうか?
あの時、コロナが流行らなければ、あの人と会っていれば、私たちはどうなっていたのだろう?
今、あなたに会えたら?
私はあなたを未だに愛しているみたい。愛しているなんてドラマだけの言葉だと思ったのに、まさか私が使うなんて思わなかったのに。あなたはどう思うのだろう?
もう私はなんでもない存在なのだろうか?
会いたい気持ちと会いたくない気持ちが同じくらいあって、私の心にはいつもあの人がいる。私の心から溶けて消えることなくあの人はいまだにいる。
春が早く来ればいいのに。