フリーランスになりたい私に、母が続く言葉はわかっていた

「絶対反対すると思ってた」
私がこの言葉を発したのは、3月上旬の昼過ぎ。
母と久々に外出し、公園のベンチに座って気持ちの良い風に吹かれているときだった。
「いや、ママは別に反対せえへんで」
けどな、と言葉が続くのはわかっていた。前にも同じようなことがあったからだ。

数日前、私は突然母に「フリーランスになりたい」と言った。
別に今すぐというわけではない。まだ学生だし、何なら今私は就活生でもある。
目の前の相手は、特段驚くことはしなかった。これはいつも通り。
「で、何がしたいの」
その後は、自分が何を言って、何を言い返されたかあまり覚えていない。
ただ、その場は凍り付くことはなくとも少し解けかけた氷のような、自分としては始まりかけた冷戦をぎりぎりのところで回避した、といったところであった。
「この話は、またタイミングを見計らってしよう」と決め、この日に至る。

「反対しない」と言いつつ、母は内に溜まったものを吐き出してくる

そもそも私がなぜフリーランスになりたいと思ったか。
最近新卒でフリーランスになり活躍する方にコーチングをしてもらったことが影響しているのはもちろんだが、根本的には「ひとりが好き」という理由に尽きると思う。
もちろん、フリーランスになるのはデメリットもあるし、ひとりでいたいとはいえ、自分でお金の面もちゃんと管理できるのか、他人との信頼関係をしっかり築けるかといった部分はかなり重要だということも、わかっているつもりだ。

「何?家庭を大事にしたいとか、そういうこと?」
以前大学のイベントでお世話になった苦手な先輩にも、フリーランスの話を勇気を持ってしたことがある。でも、なんだか見下されているというか、「ああ、あなたって僕らとなんか違うことやろうとしてるよね」と引きの目で見られている気がして嫌な気持ちになった。

母も母で、「反対しない」と言いつつ、今住んでるアパートの家賃が払えなくなるとか、新しい場所を借りようにも(フリーランスは世間的な信頼がない、と思っているので)貸してもらいにくいとか、色々と内に溜まったものを吐き出してくる。

フリーランスなんてやめろという圧力を、私は絶妙に感じ取っている。

私はまだフリーランスについての知識を沢山持っているとは言い難いし、パートの仕事しかしていないせいで実際に家を借りられなかった過去を持つ母に反抗するのは痛い。
でもひとつ言わせてもらってもええか?
それもう、大反対してますやん。
親心で心配してくれているのはありがたい。それに、今の自分のままでは「フリーランス」と言いつつ赤の他人に頼り切れなくて母に大迷惑をかけることになるのは目に見えている。

言い訳。大人になるにつれて作るのが上手くなるらしい。
あれからというもの、母はことあるごとに、「学生生活終わっても、やっぱりここに住むのがええよ」とか、「就職して、やっぱり安定せな」とか、同じような言葉を繰り返すようになってきた。
フリーランスなんてやめろ、という圧力を、私は絶妙に感じ取っている。
わからない、応えたい、やっぱり好き。
自分の言葉がやっと絞り出せたとしても、果たしてそれは本心なのか?
もうなにもわからない。知りたくなかった。

私は「自分で自分を容認できる、そういう存在になりたい」のだ

今の私には、正解なんてわからない。
ただ、これからも新しい世界を知っていきたいし、その方が人生が楽しいような気がしている。
本当に本当に月並みな言葉しか浮かばないから自分が嫌になることもあるけど、私は「人とかかわって、文章を書き続けたい」。
「ひとりでいたい」なんて、多分嘘だ。
たしかにそういう日もあるけど、本質的には寂しがりだし、認めてもらえないのが嫌で“ひとりの世界”に浸るだけ。
でもその時間が長いからこそ、私に表現できるものもあって。
バイトで疲れ果てた夜中でも“書いてしまう”のは、それだけ目の前のことに本気な証拠だ。

「他人から認められる自分でいたい」
誰もがそう思う。
だからそのための努力はするけど、上手くいかなくなるとそそくさと集団から逃げる。
私はその方法しか知らなかった。
私はフリーランスになりたいわけでも、ひとりで生きたいわけでもない。
「自分で自分を容認できる、そういう存在になりたい」のだ。
そして、その夢をこうして公言できる人になること。
書くって幸せだ。書くって相手に何かを伝える手段だけど、相手は何とでも解釈できるから楽しい。
1文字目を書き始める瞬間から、最後の1文字を書き終わる瞬間までを楽しむために書く。
この気持ちを忘れずに、私は生涯自分を大切に書き、生きる。