大学一年生の頃から六年間付き合ってきた人と別れて、バツイチの会社の先輩と同棲することにした。同棲を始めて半年がたつ今、「なぜあんな選択をしたんだろう」「私はあのとき間違えたのかもしれない」と考えることばかりだ。
先輩は離婚前から私のことを気に入ってアプローチしてくれ、それを私は、「既婚者でしょう」とはぐらかしていた。正直、顔はとても好みだった。それでも「面倒なことになると困る」という自制心はしっかりと働いていたと思う。
状況を変えたのは、先輩の奥さんが自宅に男を連れ込んで、それを彼が見てしまったという事件だった。その日から彼は自宅に帰るのをやめて私の部屋に居つくようになった。彼の離婚も、とんとん拍子で進んだ。
しばらく彼は「部屋を使うのは構わない。でも私は彼氏と別れるつもりもあなたと付き合うつもりもない」という私の言葉を受け入れているように見えた。
ところがある日急に、「彼氏と別れて俺と付き合って。ダメなら俺、ここを出ていって死ぬ」と泣きながら言ってきた。その時私は何故か、当時付き合っていた彼氏に電話をして別れ、先輩と付き合うことを決めてしまった。
冷静に考えて、あり得ないと思う。奥さんがいるのに後輩に猛アプローチをかけてくるのもろくでもないし、振られたら死ぬと泣き出すメンヘラなんて論外だ。
元彼に不満も全くなかった。誠実な人で一緒にいると安心感があって、自分が結婚する相手はこの人だと信じていた。
なのに何故、そんな相手と別れて顔が少し良いだけの先輩を選んでしまったのか。
彼の愛にほだされたけれど、彼はとんでもない男だった
思うに、恥ずかしげもなく注がれる愛に私はほだされてしまったのだ。人生で言われたことのないほどの褒め言葉をストレートに伝えてくれ、お金と時間を惜しみなく割いて私が喜ぶことをしてくれる。休日の度に車で楽しいところに連れ出してくれて、テレビをみながら「これ素敵だね」「おいしそう」などと呟くと翌週にはそれが自宅に届く。
いかに私のことが愛しくて大切かを毎日聞かされ、少しでも離れたり冷たくすると途端に泣きそうな顔をする。
そういうことを、私に好意を抱いてからの半年間、欠かさずに彼はやった。どうせ一時的な執着ですぐ飽きるだろうと思っていたが、付き合って同棲してからも彼の態度は全く変わらない。
たぶんそうやって注がれる愛情の居心地の良さに、つい「これはこれで悪くないな」と思ってしまったのだと思う。
実際に付き合ってみると、先輩は本当にどうしようもない男だった。
例えば、「良いものを拾った!」と嬉しそうに貯金箱を持ち帰ってくる。私は、それは誰かが大切にしているものかもしれないと教えて一緒に交番に届けに行った。
またある時は、前に住んでいた家の解約手続きが滞ったまま不動産や実家からの連絡を全て無視して失踪と間違えられ、警察沙汰になりかけた。私はこっそり彼の両親と連絡をとって事態を収集し、都合の悪いことから逃げずにこれからは一緒に解決していこうと説得した。
人の気持ちが考えられなかったり、想像力が足りなかったり、嘘をついてごますることに対して罪悪感が薄かったり……。
彼氏として以前に、人としてどうかと思うことが彼には多々ある。
愛をたっぷり育った彼に、これからは違う愛を注ぐ
彼の母親に初めて会ったとき、彼がこんなふうに育った理由がやっと分かった。
お母さんは彼とご飯を食べながら「ぜんぶ食べたの、えらいねぇ」と言い、彼の近況を聞きながら「たぁくんは甘えん坊さんだからねぇ」と言ったのだ。二十六歳の男性に向かって当然のようにそう言った。
きっと彼は家族の愛情を一身にうけ、大概のことは肯定されて、何かあってもいつの間にか家族に解決してもらって、そうやって生きてきたのだろう。
でも彼のお母さんは、息子だけを他の人間と区別して溺愛するような雰囲気ではなかった。彼が大切にしている私のことも、同じくらい大切にして愛情を注いでくれる人だとすぐに分かった。
甘やかされすぎたのは問題かもしれないけれど、こんなに深くてまっすぐで大きな愛情の中で育つことができた彼を羨ましくて素敵だと私は思う。
彼には、人として直してほしいところがたくさんある。
「大切だから守ってあげよう」という愛ばかり与えられて、「自分がいなくてもどこでも自立してやっていけるように」という愛が少し足りなかったのだと思う。
これから私が彼と過ごしながら、少しずつこれまでとは違った愛情を彼に教えていく。そうやって、これまで彼にもらった愛を私なりに返せたらいいなと思っている。