「初恋は叶わない」と誰かが言っていた。
私の初恋も、きっと叶わないだろう。
あの人を好きにならない方がよかったと何度思ったことか。
でも気がついたときにはもう遅い。
私はあの人を目で追いかけていた。
毎週毎週、講義の後の30分を一緒に過ごしたあの人
あの人との関係は、講義後の何気ない会話の中だけだ。
私のくだらない質問にも笑顔で答えてくれて、知らないうちに30分も話していた。
「時間を使わせてしまってすみません」
と私が言うと、
「大丈夫。こちらこそ質問してくれてありがとう。また話そう」
とその人は微笑んだ。
この時はまだ”恋愛感情”を抱いてなかったと思う。ただ、私の話を笑いながら聞いてくれる“少し変わった人”という印象だった。
でも、毎週毎週、講義後の30分という時間を私と一緒に過ごしてくれた。
私が「あの学問分野に興味がある」と言えば、「家にある本、忘れてなかったら持ってくるね」と言ってくれた。
私は「一週間も経てば、きっと今話したことも忘れてしまうだろう」と、高をくくっていた。でも次の週に、その人は約束した本を持ってきてくれた。
「その本、あげるよ」と言って、古そうな本を私に渡した。心がじんわりと暖かくなったような気がした。本を貰ったことよりも、私の言ったことを覚えてくれていることが何より嬉しかった。
その時、ふと思ってしまったのだ。
「この人と一緒にいたらどれだけ幸せだろう」と。
これがきっと恋心というものなのだろう。初恋もしたことがなかった私だが、悟ってしまった。
恋心を自覚したけれど、私はただの生徒。好きになったことを後悔した
その一瞬で私のその人に対する好意が“憧れ”から“恋愛対象”に変わってしまった。
水面に羽がフッと落ちたかのように、私はその人への恋心を自覚してしまったのだ。
こうなってしまっては、もうあとには引けないとわかっていたはずなのに。
あの人とは親子ほど歳が離れているし、結婚指輪はしていないけれど、もしかしたら既婚者かもしれなかった。あんなに素敵な人を放って置く女性はいないはずだ。
その上、その人は学校の先生だった。私はその人の前では”ただの生徒”でしかないのだ。
なんでこの人を好きになってしまったのだろうと、後悔したのは一度や二度ではない。
この思いに気づきたくなかった。もし時間を戻せるのならば、この気持ちにどうか気づかないように。あの人と会わない時間軸へ行きたかった。
当然、この恋心は誰にも言えるはずがなく、ずっと心の奥底に隠していた。
誰にも言わないほうが良いと思っていたのに、ついゼミの先生に雑談ついでに話してしまった。
「恋とか愛とか、一体何なんでしょうか。人間の理性を奪うだけなら、そんな感情は無い方がマシなのに」
この言葉を聞いたゼミの先生はキョトンとした顔で私を見つめていたが、私の気持ちを察したのか、淡々と話し始めた。
「すももさん、確かに恋愛感情は自分を脅かす存在になるかもしれない。でも、一生のうちに恋愛という感情を体験しない人もいる中で、“好き”という気持ちに気がつくことができるなんてとても素敵なことじゃない?」
それでも、人を好きになるのは素敵なこと。気持ちを隠して会いに行こう
ゼミの先生の言葉を聞いた瞬間、私は泣いてしまった。赦された気がしたのだ。
「私は変だ。好きになってはいけない人を好きになってしまったのだ」と後悔をしていた。
でもゼミの先生が言うように、“好き”という感情に気づけることは素敵なことだ。
私はあの人が好き。
先生という社会的地位とか、年齢に惹かれたわけでもない。
話してて楽しいからとか、あの人が面白いから好きになったわけでもない。
私はただ“あの人だから”好きなのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
たった一人の、かけがえのないあの人だから、好きになった。
ただそれだけ。
4月からまたあの人に会える。
あの人は優しいから、きっとまた話してくれるだろう。
この気持ちに気づかれないように、またあの人に会いに行こう。