誕生日の1週間後、いや、クリスマスの2日前という方が正しい。私は振られる準備をしていた。
｢話がある｣というLINE。｢何の？｣なんて聞くのは愚問だ。｢話｣の前に見えない言葉が付いていた。
誕生日は仕事で会うことが難しいと事前に言われていた。お情けなのかなんなのかLINEでお祝いのメッセージだけきた。今までも誕生日だから記念日だからとこだわりが強いわけではなかったが、この時ばかりは罪悪感でいっぱいだった。彼の気持ちに気付かないふりをして、引き止めてしまってることに。
私自身も限界だった。それなのに健気におめかしをして、美容院に行き、さも｢今日デートなんです、私｣というように過ごしていた。
相手がもう思いもしないであろう｢かわいい｣を期待していた。

私は知っていた。彼が誰を好きで、誰の所に行こうとしているのか

その日の夜、彼と会った。もう何の話をしたのかも覚えていない。食事をそそくさと済ませ、｢送っていく｣と言われた時には｢あ〜もう終わりだな……」と思った。
彼の気持ちが離れていってることには気づいていた。デートの後はいつも次の日がどんなに早くても一緒の私の家に帰ってた。それがだんだんなくなって、しまいには｢予定｣が終われば早く帰りたがっていた。
駅まで来ても、なかなか話を切り出さない。（これは私の願望を込めての話だが）切り出せなかったのは単純に情かもしれない。自分（彼）が辛い時支えてくれたからと思い留まっていたのかもしれない。婚約の話もしていた。それでも気移りしてしまった自分への罪悪感かもしれない。

私は知っていた。彼が誰を好きで、誰の所に行こうとしているのか。気持ちがないのに傍にいても辛くなるのは私の方だし、実際疲れていた。だから｢話あるんでしょ？｣と切り出した。
駅の近くのベンチに腰かけて温かい飲み物を受け取った。私は内心｢餞別品が110円のカフェオレか｣と思った。

あなたの気になるは「もう好き」。なんで好きな人って言わないの？

｢別れてほしい｣
分かっていた、理由も含めて。｢なんで？｣と聞くと、｢気になる人ができた｣と答えた。
｢いや、あなたの気になるはもう好きじゃん。なんで好きな人って言わないの？｣と、これまた内心思いながら、｢誰？私の知ってる人？｣と1番｢知りたくなかったこと｣を聞いた。
すると、｢当てたら教えてあげる｣と（後々、彼のことを知らない人たちにこの話をすると大抵｢そいつなんなの？何様？｣と反応される。その反応に私は救われた。身近な人よりも第三者の言葉が救いになることがあることを私は知った）。
前述の通り、私は誰のことか知っていた。でも知りたくなかったし、自分の口からその人の名前を言いたくなかったから最後まで口にしなかった。

結局、好きな人は当たっていた。別れてから他人になるために周りの関係を1度リセットした。
落ち着いた頃にSNSを見ると結婚したことを知った。その頃はまだモヤモヤを抱えていたが、長い時間をかけてその気持ちも薄まってきて、次に進むことができた。
この恋愛で知りたくなかったことが他にもある。

自分の愛が｢似せもの(似ているもの)｣だと思いたくなかった

例えば、恋愛小説やラブソングに出てくるような感情、それを安易に口にしてしまいそうな自分がいることを知りたくなかった。自分がしていた恋愛が誰でも共感するようなものにしたくなかった。自分の愛が｢似せもの（似ているもの）｣だと思いたくなかった。
1人だと｢世界｣がモノクロに見えるなんて言うが、1人でいる方が｢世界｣は圧倒的に輝いていた。木々や草花、空は美しいし、そこに気持ちを馳せる人の気持ちがよく分かった。私が思っていた｢世界｣の解釈の違いを知ることになる。
｢男なんて星の数ほどいる｣なんて言うが、その人が自分にとっては｢太陽｣だった。それでも｢男を忘れるのは男｣の意味も理解できた。
仕事の失敗や家族のいざござを他で補うことができないように、恋愛は恋愛でしか解決できない(少なくとも私には)ということを知った。
こうやって自分の汚さ・醜さみたいなものや世間で囁かれていることがまことしやかな話ではなくただの事実ということを知った。

もちろん今となってはいい経験ではあるが、どれも苦しんだ人たちにしか分からないことだったとすれば、私は｢知りたくなかった｣と思ってしまう。その意味を知らないまま過ごせることが幸せだと思ってしまう。それでも人間は不思議なものでまた同じ苦しみを味わおうとする。現に今、私はまたあの苦しみの中に行こうとしているのだ。