印象に残った「環境保護活動にはポジティブな目標を」
20年近く前のことになる。今は廃刊して久しいが、古い児童向け雑誌があった。
地方都市育ちの小学生が、ディズニーリゾートの最新アトラクションやサン宝石の一押しを知る、数少ない情報源である。田舎ではなじみのないお受験事情も載っていた。私立中学の上品な制服が多く紹介されたグラビアは、ある意味カルチャーショックだった。
高学年向けの学習記事もあった。特に印象に残っているのは、様々な活動をする大人たちのドキュメンタリーだ。
アフリカのサヘル地方を拠点にしている活動家や、燃料電池の開発者などが月替わりで登場する。自分たちがどんな活動を、どんな目的で行っているのか。小学生にわかるように説明してくれた。
何月号だったか忘れてしまったが、こんなメッセージがあった。
「環境保護活動は、あれをしてはいけない、これをしてはいけないと、ネガティブに制限しがちです。それよりも数十年後にコウノトリ、タンチョウ、トキが舞う空にしたい。こんな風に具体的にポジティブな目標を立てるとよいと思います」
この活動をすることで、何が実現できるかをはっきりさせておくこと。それを協力してくれる人たちにきちんと共有すること。活動を健全に進めるには、この二点が重要なのだと、この連載から学んだのである。
手段が目的より優先された活動は、苦行へと変わった
小学校では、人道支援を目的とした回収活動があった。中欧の某国の児童養護施設へ寄付するために、再資源化できるものを家庭から回収して業者に譲渡していた。
数年に一度、施設の先生と代表の生徒が来日する。一人でも多く、一回でも多く彼らを受け入れる機会を作り、継続していくこと。近隣の小学校が国際交流活動を段々と打ち切る中で10年以上続けられていたのは、この目標が体系立てて上級生から下級生へ啓発されていたからだと、今ならわかる。
具体的で実現可能な目標が共有されていたのだ。
これが中学校になると、はっきり言って苦行へと変わった。
アルミ缶を集めて業者に譲渡し、車いすを買って文化祭のステージで福祉施設の方へ手渡すのが恒例の行事だった。この回収量が少ないと言って、九月が近づくと役員会の開かれる教室からピリピリした気配が漂いだすのだ。
具体的にあとどれぐらい必要なのか、集める上でのルールの提示も何もないので、どのクラスも困惑していた。
ほとほと困ったのは、「全員が一個でもいいから持ってくる」ことと回収量の両立を要求されたことだ。特に小学校に弟妹がいる家庭では、そちらの目標との兼ね合いで取り合いになることもある。家庭にないなら外から持ってくればいいじゃないかと言って、公民館に頭を下げに行ったクラスもあった。
今思えば、公民館にも缶と交換したいものがあったのではないか。そういう意味でははっきりしたルールが共有されるべきだったと思う。手段が目的を優越してしまっており、過熱状態と言わざるを得ない。
生徒側が面白いと感じられる要素を提示できれば、違ったかもしれない
卒業して久しいので、いまさら言っても詮無きことだが、一番よくなかった点はわかりやすいメリットがないところだと考えている。
小学校の時は来校したゲストと交流会ができて、相手の声を直接聞く機会を持てた。外国のお客さんから話を聞く機会は貴重だから、彼らを招くという短期的で具体的な目標を立てて回収を推進できたのだ。車いすを買って寄付するからアルミ缶を持ってこい、というだけでは、ぴんとこないのである。
その後に車いすを使ってレクリエーションを一緒にするとか、職場体験に行くとか、生徒側が面白いと感じられる要素を提示できていれば、みんなが気持ちよく協力できたのではと思えてならない。
現在、小中学校に通う家族はいないので、資源物は小売店に回収してもらっている。長期的には環境保護が目的だが、こちらは家の中を整理する、あちらは来店頻度を増やすという短期の目的がこれで達成できている。双方にメリットがある、イーブンな関係だ。
リサイクルとは少し違うが、クラウドファンディングやふるさと納税が受け入れられた理由の一つは、出資者へのリターンを明確にしているからだと考えられる。
逆に善意のみで見返りのない活動は、いつかどちらかが破綻する可能性がある。自分のペースで無理なく、サスティナブルに環境保護を行っていきたい。