知りたくなかったことは、知らなかったことにして生きてきましたし、これからもそうするつもりではいます。クラスメイトの陰口も、社内での評価も。物語の悲しい結末も、不快な出来事も。知りたくないことは、私を傷付ける何かですから。
デリートキーで消去できなくても、きつくきつく封をして、記憶の底に沈めてやり過ごしています。それでも時たま不意に浮上してくるのがやっかいですが。

自分の意見を正義とする女の子。大事にはならなかったけれど

記憶の底をさらってみれば、そういう記憶はたくさんあるでしょう。ですから今回は、おそらく一番古い、その古さゆえに一番何度も浮き上がってきてしまったことのある記憶の話をします。
小学校六年生のバレンタインのことでした。簡潔に言ってしまえば、同じクラス内である女の子がある男の子に振られた、という話です。ただ、少々内情が複雑でした。

まず、女の子は、男女問わず敬遠されていました。気が強く、自慢癖があるところ、自分の意見を正義とするところがあったのです。
私とその子とのエピソードで言うと、えんぴつ事件があります。
当時小学校では「2B」のえんぴつが「推奨」されていました。私は「B」のえんぴつを使っていました。先生も気にしていませんでしたが、それを見咎めたのが女の子でした。繰り返し繰り返し、それが「違反」だと、「悪いこと」だと詰め寄られ、結局私は学校で「B」のえんぴつが使えなくなりました。
そんな女の子でしたが、小学校も六年生となれば落ち着いていますし、穏やかな気性の子が多かったからか、いじめやけんかのような大事に発展することはありませんでした。

口を挟むべきではない。二人の問題と感じて、何の行動もしなかった

バレンタインの出来事は、たまたま私は教室に居らずすべて聞いた話になるのですが、下校時にはクラスの全員が知る話になっていました。
まず、女の子は男の子に告白とともにチョコレートを渡し、断られました。断られた女の子は、諦めきれなかったのかせめてチョコレートだけでもと思ったのか、男の子の居ない隙に席にチョコレートを置いたそうです。
帰ってきた男の子はそのチョコが最初誰からのものかわからず、周囲に聞きました。そして贈り主を知り、そのチョコレートをゴミ箱に突っ込んだそうです。

これを後から聞いたとき、私の気持ちはまさしく「知りたくなかった」でした。
知ったことでたくさんのことを考えさせられることになりました。一方で、知った、知らなかったで私の行動は何も変わらなかったと思います。
私はその出来事に対し、何の行動もしませんでした。女の子に声をかけることも、男の子に声をかけることも。この出来事は、現場がクラスだっただけの、二人の問題だと感じたからです。他者が口を挟むべきではない、と。

忘れることもできずに、こうやってまた思い出し、考えてしまう

私は女の子のことを多少知っていました。女の子に起きたことは、小学六年生にとっては酷なことだったろうと思います。一方で、女の子に一つの瑕疵もないと言い切れなかったのです。

私は男の子のことをほとんど知りませんでした。そのためこれまでにあったかもしれない男の子と女の子の間のやりとりもわかりません。ただ、聞いて驚くぐらいには、理由もなくそんな粗暴な行為をするタイプだとは思っていませんでした。
そしておそらく私が「知りたくなかった」と感じた一番の理由は、私が臆病だからだと思います。もし、私だったら、と考えてしまったのです。

好意を拒絶されたら。それが自分の欠点ゆえだったら。欲しくない感情を押し付けられたら。それを暴力的に突き放したい激情にかられたら。臆病な自分は、そういうものにうまく対処できないだろう、と。
それは恐怖にも近い感情でした。今でも同じです。そんなことを考えさせる出来事を、私は知りたくありませんでした。そして忘れることもできずに、こうやってまた思い出しては、もし私だったらと考えてしまうのです。