まだ12歳だったわたしに期待して買い与えてくれた、有名メーカーのサックス。
勉強したくないから推薦で進学した、私立の高校。
夢を叶えたいと言い訳して飛び込んだ、音楽大学。
両親が何百万、何千万と注ぎ込んだ長女は、卒業直前で音楽大学を退学した。一体この両親は、前世でどれだけの過ちを犯したのだろう。
音大生になる夢を見つけた私は、その道だけをまっすぐ見つめてきた
わたしは小さい頃から音楽が好きだった。母がわたしを妊娠しているときにピアノを弾いていた故か絶対音感を持って生まれ、近所の小さなピアノ教室に通った。数年しか続かなかったが、そこで「音大生になる」という夢を見つけた。その後中学で吹奏楽と出会い、サックスと出会う。
これがなかなかの大きな出会いで、高校は吹奏楽の強豪校へ。
いや、強豪校へ進学したわけではなかったのかもしれない。推薦で吹奏楽の強豪に進学する、という肩書きで、嫌いな勉強をせずに入学できる学校へ進学しただけ、かもしれない。
3年間を吹奏楽に捧げ、そのまま夢だった音大へ。
夢の音大生になる、という肩書きで、センター試験を受けずに好きな音楽で入学できる学校へ進学しただけ、かもしれない。
12歳で買ってもらったサックスは、ゼロがたくさんあった。社会人になった今なら、その額を稼ぐことがどれだけ大変かよく分かる。そして、それに込められた期待の大きさも。
周りが公立高校受験のために勉強に励む中、サックスしか吹かず、自分の頭で入れるレベルの私立高校への進学を決めた。「推薦で吹奏楽の強豪に」という言葉で両親を説得し、高い学費だけでなく、自宅から遠い分高い定期代、遠征や合宿で跳ね上がった部費まで払わせた。
桁が違う音大の学費も負担。両親に夢のサポートをしてもらったのに…
その後、「夢を叶えたい」と音楽大学への進学を決めた。今までとは桁が違う学費、一人暮らしにかかる費用。全て両親が負担してくれた。
父は早朝から夜遅くまで東京で仕事、母はパートと自宅で開く書道教室を両立した上で家事を完璧にこなした。幼い頃から「お姉ちゃんみたいになりたい」と言ってくれていた仲の良い妹には、寂しい思いをさせたかな。
でもわたしは頑固でわがままな姉だったから、きっと苦労もしただろう。
今までわがままばかり言いながらも、目標は全部叶えてきた。きっと音大卒を手に入れて、演奏家になれなくても音大での学びを活かした音楽関係の内定を握りしめ、ありがとうと笑顔で帰ってくるだろう。両親も、親戚も、妹も、そう思っていたに違いない。
今一番欲しいものは、両親の期待に見合った「価値のある自分」
大学卒業まであと半年、わたしは退学した。
前世とかそういうのは信じてないけれど、この両親は、前世でどれだけ悪い行いをしたんだろうと、思わずにはいられない。
結婚して初めての、人生で初めての子供。大事に大事に育てて、後悔の残らぬよう選択肢をたくさん与えてくれた。道を間違えないよう時には厳しく接し、でも習い事の発表会の後にハーゲンダッツを買ってくれたり。言葉通りなにひとつ不自由なく生活をさせて、まるで恩を仇で返すようだね。
こんなに、こんなにたくさん期待してくれてありがとう。パパ、ママ、ごめんね。
それに見合った価値のある自分。
わたしが、いま一番欲しいもの。