ズボンを履くお姫さまなんて。「かわいい」に囲まれた毎日
子どもの頃の私にとってのかわいい四原則。ピンク、フリル、リボン、スカート。
もちろん、手持ちのアイテムはみんなピンクばかりだった。ピンクのリボンがついたスカート、フリルのついたピンクのワンピース、カバンだって、靴だって、みんなピンク。ピンク、ピンク、ピンク。
親からは「同じ色ばかりじゃなくて他の色のも買おうよ。スカートじゃなくてズボンも」と何度も言われたけれど、大好きなピンクとスカートを貫いてきた。
だって、憧れのお姫さまはみんな綺麗なドレスを着ている。ズボンを履くお姫さまなんて聞いたこともない。
そんな「かわいい」に囲まれた毎日を過ごす私も、「かわいい」から離れる時が来る。
小学生の時に、クラスの女子のうちの一人が言った。
「なんでつぐみちゃんの服ってピンクばっかなの?ピンクってかわいい子のものなのに変なの!」
きっとどこにである話だ。でも言われた時は、どうしてそんなことを言われたのかわからなかった。
現代ルッキズムにおけるかわいい子の四原則「色白、痩せ型、二重、サラサラのロング」。残念ながらほぼその真逆をいく私は、周囲の子どもたちから見ればかわいくない子の代表格のような存在だっただろう。
ピンクの部屋。かわいくない私にはふさわしくないと言われた気がした
その日の服装は、上が白いTシャツに、下はフリルがついたピンク色の生地のスカート。自分の思う「かわいい」の代表を身につけた私。それが「かわいくない子にはかわいいものを身につける資格はない」という烙印を押されてしまった。
家に帰って自室の中を見た。もちろん、どこを見てもピンクのものばかり。頭の中でさっき言われた一言が反芻される。
「ピンクってかわいい子のものなのに変なの!」
そっか、私にはピンクが似合わないんだ。なのにピンクが好きな私って変なんだ。
急に居心地が悪くなったように感じて、自分を囲むピンクから目を逸らした。
かわいいピンクの部屋に、かわいくない私はふさわしくない。部屋中のピンクの物たちからそう言われた気がして。
あれ以来、ピンクに反抗するようにピンクのものを選ばなくなった。それに伴って、自分の思う「かわいい」からも距離を置いた。
服は必ずズボン。リボンもフリルも避ける。かわいくない私は目立たなくて、かわいくない相応な格好をしなきゃいけない。洗脳するようにずっと自分にそう言い聞かせ続けた。
けれども、スカートもピンクもリボンもフリルも避けてきた私に、避けては通れない道が立ちはだかる。進学先の中学校の制服問題だ。
進学先の中学校の制服はセーラー服だった。もちろん、下はスカート。抵抗がないわけがない。五年近くもスカートを拒絶してきたのに、避けてきたものをいきなり突きつけられて、簡単に受け入れられるはずがなかった。
正直履きたくない。出来ればジャージで登校したいくらい。でもこれは着なきゃいけないと決められたものだから……。結局そう自分に言い聞かせて三年を過ごした。
最初は抵抗感があったものの、三年間、土日祝日長期休暇を除いてほぼ毎日身につけていたからか、ちょっとずつ抵抗は薄れていった気がした。
私にとってあの制服は、校則によって着ることが許可されたスカートだったのかもしれない。
高校の三年間もスカート。でも、ピンクのシャツだけは選ばなかった
こうして私の中におけるかわいい女の子のもの四原則「ピンク、フリル、リボン、スカート」のうちのスカートに対する抵抗が弱まってきたあたりで、私は高校生になった。
進学先の高校の制服はシャツの色がピンク、白、ブルーの三色、スカートの他に女子用スラックスがあり、加えてリボンかネクタイか好きな方を選ぶことができた。
そう、ここでやっとズボンを選ぶ権利が与えられたわけだ。しかも、母は私が中学生の時に、制服のスカートに対する抵抗感があったことを覚えていたらしい。
「スラックスあるって。どうする?」
母に訊ねられた私は狼狽えた。制服一式(原則、正装の日は女子はスカートにリボンと決まっていたから、リボンとスカートは必ず買っておかなければならなかった)だけでも高いのに、まさかスラックスのことを言われるとは思っていなかった。
今ならスラックスが手の届くところにある。でも私はスラックスを選ばなかった。
理由としては、高校見学に行った時にスラックスを履いている女子が少なかったのと、なぜか、そんなに欲しいとは思わなかったからだ。
結局、高校の三年間もスカートで過ごした。けれど、ピンクのシャツだけは選ばなかった。自分がピンクを身につけることはまだ許せなかったんだと思う。ピンクとの距離感は開いたまま、私は大学生になった。
ずっと距離を置いてきたけど、やっぱり私はピンクが好きなんだ
大学生になって、私服で大学に通うことになった。
服の色は相変わらず無難な黒か白かベージュがほとんどだったが、スカートで行く日も時々あった。
そんな私にもピンクとの出会いが訪れる。雑貨屋で見つけたペンポーチ。その一品に一瞬で目が奪われた。
かわいい。えっ、なにこれかわいい。
ポーチの並べられた商品棚に向かって早足で近づいていった。暖色の照明の光に照らされている、上品なくすんだピンク色のペンポーチ。
かわいいな。でもピンクかあ。
一度取り上げてから元の場所に戻した。ピンクじゃちょっとなあ。
店を出てスーパーに向かう。明日の昼ごはんに食べるパンと飲み物を買って帰ろう。気を取り直してこれからの予定を考える。とりあえず早く帰ってレポートの続きを書くんだ。
でも、浮かんでくるのはさっきのピンク色のことばかりで。
ええい、他のことが手につかなくなるくらいなら買ってしまえ。
私はスーパーで手早く買い物を済ませて、さっきの雑貨屋に戻った。迷わず真っ直ぐにペンポーチの商品棚に向かっていくと、並べられたうちの一つを手に取った。
ピンクだからって諦めるのをやめてやる。これもピンクに対する小さな抵抗だ。
あんなに遠かったはずのピンク色が、妙に馴染んでいるように感じた。ずっと距離を置いてきたけど、やっぱり私はピンクが好きなんだ。
その日、私はやっと抵抗してきたピンクを許せた気がした。
あれ以来、ピンクとの距離感はちょっとずつ近づきつつある。ピンクの化粧品、ピンクのポーチ、ピンクの服は抵抗があってまだ着れないけど。
一歩ずつでも、好きなものを許せる私へ。