「働かせてもらえませんか?」と言った私と、目を見開いた店員
「あのー、すみません。ここで働かせてもらえませんか?」
薄暗い照明、心地よく響く重低音、店内に流れるオシャレなBGM。注文を取りに来たはずの店員は驚いたように大きく目を見開き、一緒に来ていた友達は口をぽっかりと開けていた。
「あ、えっと、ごめん。あ、いや、募集していないわけではないんだけど、ビックリしちゃって……。今、オーナー呼んでくるから待ってて!」
その言葉に、今度は私が驚く。狭い店内、落ち着いた雰囲気。そんな中、1人で店を回し、気さくに話しかけてくれる大きな体型の彼こそが、オーナーだと勝手に思い込み、アルバイトのお願いをしたからだ。
平日の真夜中。他に客の姿は無く、DJがゆったりとしたR&Bをかけている。オーナーだと思っていた彼は席を一旦離れ、別の階にいるオーナーの元へと向かっていった。
ここは私が住む街の中心地にあるmusic bar。訪れるのは今回で2度目。飲み歩いている時にたまたま見つけたこの店からは、外にいても分かるほどに、賑わいと音の心地よさが溢れ出ていた。
地下にあるこの店へと続く階段を降りながら、まだ知らない新しい扉を開けるようなドキドキ感に包まれていたあの日のことを、今でもはっきりと覚えている。その日の感動の余韻に浸りながら、数日後、別の友達を連れてまた店を訪れた。
ある「思い」を心に抱きながら。
音楽は無くてはならない存在。もっと近くで感じながら生きたかった
学生の頃から、ジャンルを問わず音楽が好きだった。
邦楽ロックから始まり、洋楽にも興味をもち、その当時は特にEDMと呼ばれるジャンルにどっぷりハマっていた。野外フェスにも遊びに行き、20歳になってからは、先輩に連れられクラブにも顔をだしていた。
そんな日々を送るうちに、音楽は私にとって無くてはならない存在になり、音楽をもっと近くに感じながら生きて行きたいと思うようになっていた。
そのタイミングで出会ったのが、このmusic barである。DJブースがあり、その前にはちょっとしたスペースが広がっており、週末はここで音に身を任せながら心地よく揺れるのだろう。そのすぐ後ろにはカウンターとテーブル席があり、音とお酒を楽しめる店であった。
知らない曲ばかり流れているが、思わず身体を揺らしたくなった。歌詞は英語なので意味は分からなかったが、知らない場所で知らない曲を聴いて、楽しいと思える自分が好きだと思えた。
一目惚れの感覚を言葉で伝えた。オーナーからの返答は驚くもので
そんな場所で働いてみたい。一目惚れに近い感覚。このような場合は、この現象を、感情を、一体何と言い表せばいいのだろうか?そんなことを考えながら今日という日を迎えた。
「もし、アルバイトを断られても、お客さんとして通い詰めよう」
そう心に決め、思い切って言葉にしたのだった。
勝手にオーナーだと思い込んでいた彼が、本物のオーナーを連れて戻ってきた。若く見えるが、貫禄もある。一体何歳なのだろう?というのが初めての印象だった。
「アルバイトしたいっていうのは本当?」
私の目を見ながらオーナーは問いかける。
「はい!音楽が好きで、このお店の雰囲気に惚れ込んでしまって。あの、いきなりで申し訳ありません……」
よく考えたら、初対面の相手からこんなことを言われても迷惑だよな……と内心感じていた。履歴書も何も持ってきていない。「あぁ、もう無理かも」と諦めかけたその時、オーナーからの返答は驚くものだった。
「いいよ。じゃあ、来週から入れる?」
まさかのOKが出たのだ。嬉しさのあまり、思い切り「はい!」と返事をし、その後少しお酒を飲んで店を出た。
それから、そこで勤務した4年間で、私はさまざまな人や音楽と出会い、世界が広がった。特にヒップホップが好きになり、DJも始めることにもなった。
音楽無くして今の私は成り立たない。音と人を繋ぐ大切な場所。これまでも、これからも。