桜貝と星の砂が入った小瓶が宝物だった。祖母が旅行のお土産に、幼稚園児だった私にくれたもの。
「見て、そっくり」
私の小さな手を取り、爪がまるで桜貝みたい、と微笑む祖母。たったそれだけなのに、薄桃色が好きになった。
だって、祖母のことが大好きだったから。いっぱい遊んでくれて、ご飯がとびきり美味しくて、いつもにこにこ優しい人。

そんな大好きな祖母から生まれた我が母は、私と馬が合わない。しかし家族という形態で長く過ごすと、どうしても母の価値観に引きずられてしまう。
しかも母と子という関係、0歳から育てられたとなれば、人格形成から思想まで多大な影響が及ぼされる。

「ブスの僻み」を免罪符のように、母は芸能人の外見を好き勝手言う

家族団欒の時間。皆でテレビを見ていると、母はよく、出ている芸能人の外見を品評していた。
この人イケメンだけど、髪を染めない方がいいのに。可愛いのに、どうしてあんなだぼだぼの服を着ているの。美人な女優さんだけど、髪型を変えて前髪を作った方が似合うと思う。
ただの母の好みの押し付けだ。一視聴者の勝手なぼやきと思えば良いのだけど。
こういったことを言う前に、必ずつける文言があった。
「ブスの僻みに聞こえるかもしれないけど」
まるでそれを免罪符のように、母はテレビに映る人を好き勝手に言う。

幼すぎた私は意味も考えず、言葉を音として聞き流していた。それが変わったのは小学生高学年の頃。成長に伴い自立心が出てきたのか、物事が多少分かるようになったのか。
そうして、母が自分をブスと言うことが、巡って自分のことと認識したのだ。

というのも、私と母の顔がそっくりとよく言われる。自分でも認めざるを得ない。目鼻口のパーツや配置が近しい。
私は、母に似ている娘だ。なら、母が自身をブスと表するなら、私も同じ。
母は私のことを、我が子として可愛いと思っていたはずだ。でも、それと顔の造形が、世間一般的にどう評価されるのかは別の話。
せいぜい、中の下。
どういう流れかは忘れたが、母が我々親子の顔をこう評価したことも思い出した。

可愛くないと気づいた私は、好きだったピンクやリボンを遠ざけた

そうなると、それまで好きにしていた色々なことが途端に怖くなった。
スカートを履く。ピンクの物を身につける。フリルやリボンの装飾を好む。可愛くなければ許されないとされること。
事実、小学校の教室では陰口が飛び交っていた。あの子、可愛くないのにあんなぶりっ子な物を着てる、と。ブスな私も、陰口の対象になっていたんだろうな。それまでピンクの服を好んで着ていたから。
可愛くないと気づいたのに、それまで通りにしていられない。ズボンを履くようにした。服を買ってもらうとき、打って変わって寒色のものを選んだ。髪の装飾をあまり着けなくなった。

桜貝と星の砂の小瓶は、ときどき手に取り眺めていた。ぱたりとしなくなったのはこの頃。それから引き出しに仕舞い込んだままになり、引っ越しを何回かしたら行方不明になった。
今はもう、爪はあんなに綺麗な色をしていない。自分のことをブスだと思う大人だ。
それでもあの小瓶を見れば、何も疑わず薄桃色が好きだったときに戻れるのだろうか。