「もう冷めた」
告白されてちょうど3カ月記念日の翌日、私は恋人だった人にそう告げられた。
けれど、そのときの私はまだ幸せだったのだと思う。別れ話なんて簡単だ、と楽観視していた。
事実は小説より奇なり。これは、往々にして事実だと思う。
例えば、全く同じ日に生まれた女の子2人の弟たちが、1年違いで同じ誕生日だったとか。
ちなみに、ついこの間まで、私に関係する中で、これが1番不思議な出来事だと思っていた。

友人と思っていた彼と付き合い始めた。でも、恋愛感情はなかった

振られる3カ月前、私はとある男性に告白された。
彼は大学で同じ専攻の同級生で、マイナーな言語を第二外国語として履修していた。同じく、そのマイナーな言語を履修していた私と授業が被るのは必然ともいえる。
2限目のマイナー言語のあとは、いつも学食に行っていた。自然と一緒に食べることが多くなり、共通の話題に花を咲かせた。週に1回のその時間が何カ月も続いたあと、私は彼に美術館へと誘われた。そして、2回目に美術館へ行ったときに告白された。クリスマスの7日前だった。
私は、彼を友人だと思っていた。数少ない大学の友人。趣味も合う、かなり変わっているけど真面目な人。恋愛感情はなかったけれど、一緒に過ごすことは楽しかったので、その旨を伝えた上でオッケーした。付き合う中で、少しずつ好きになっていければ良いと思った。

しかし、現実はそう上手くいかない。私は、それまで恋人を持ったことがなく、何をすればよいのか分からない。しかも、恋愛感情が皆無。楽しいけれど、ドキドキがない。完全なる受け身。結果、相手を騙すような付き合いを続けた。
そして、私の偽善ともいえる下手な演技を分からないほど、相手も彼も馬鹿ではない。3カ月目にして以下のようなLINEが届いた。
「貴女はわがままで、面倒くさがりだ。でも好きなんだ。別れたくない」
「貴女が何を考えているのか分からない。怖いよ」
そのため、私は別れを切り出した。不毛な恋人ごっこを、これで解消できると思った。

届いたのは、恋愛経験がないと言っていた彼の告白

気持ちが冷めたと言われ、インスタグラムのフォローも外されたので、私の方も縁を切ろうとLINEをブロックした。すると、知り合い経由で、私には重すぎる想いが長文で綴られてきた。
私は自分の愚かさを反省した。ブロックを解除し、できる限りさっぱりと、そして心からの謝罪をした。

多分、それが彼の癇に障ったのだろう。
恋愛経験がないと言っていた藝大志望の彼に、実は過去に藝大を共に目指していた彼女がいたこと、彼女を追って上京したが想い人は命を絶ってしまったこと、私は彼を友人と思っていたが彼自身はそうではなく、私がその彼女に似ていたので体目当てで近づいた、ということを、谷崎潤一郎を目指して失敗した三文小説のような文章を私に送ってきたのである。

これが事実であるならば、私はいわば、光源氏が藤壺の宮の面影を見出そうとした紫の上と同じ境遇である。まるで、小説の登場人物のよう。これ以上、奇妙なことはあるだろうか。
恐らく、彼の言動を鑑みるに、これはただの彼の創作であり、負け惜しみ、負け犬の遠吠えのようなものだろう。
それでも私は、自分がまさかこのような気味の悪い文字の羅列を送られる恋愛をするとは、ついぞこの前まで考えてもいなかった。事実は小説より奇なり、である。

体が目当てだったなんて聞きたくなかった。真相はわからないけど

体目当てだなんて、嘘でも聞きたくなかった。自分のプライドを守るために、彼の手のひらで私が踊らされていただけ、なんて堂々と書く人だと知りたくなかった。真相は闇のなかだけれど。
きっと、お互いにまともな恋愛をしたことがなくて、こんなひどい有様になってしまったのだと思う。
私は付き合うのが下手で、彼は別れるのが下手だった。多分それだけの話。あとは、彼が彼の物語の中で私を異様な悪女に仕立て上げ、現実世界で私に制裁を加えないことを祈るばかりだ。

それに、知りたくなかったけれど、知ったことで経験値もゲットした。
嘘か誠かはともかく、少なからず体目当ての男性がいること。私は、男性を見る目がないかもしれないこと。次に付き合うときは、ちゃんと好きな人と付き合うこと。甘えすぎず、自分の意見も言いながら相手の要望も積極的に聞くこと。
基本的なことだけれど、知らないことを思い知らされた。だから、まあ、心のなかだけで「ありがとう」と言うことにする。このまま意気消沈していたら、あの人の思う壺なので。そして、私からも1つアドバイスしたいと思う。

貴方、油絵よりも大衆小説家の方が向いてるわ。