メインのピンク担当キャラクターを、一番好きになる事はなかった

幼いころから、ピンク色が自分に似合っているとは思えなかった。だから小学生の頃からピンク色の服を避けていたし、わざと水色を選ぶようにしていた。その方がイケてると思ってる小学生だった。

そんな小学生だったから、日曜日の朝に放送する女の子が戦うアニメでは、絶対にピンク担当のメインキャラクターは私の一番好きなキャラクターになることはなかった。
それと連動して放送されるなんとか戦隊なんとかレンジャーの番組でも、女の子はいつもピンク色のヒーローに変身していた。昨今のレンジャーはどうかわからないが、私が小学生の頃のレンジャーのピンク色は主人公を支える、可愛らしい色であった。
このお決まりの展開も、あまり好きではなかった。

当時のおぼろげな記憶を振り返ると、ピンク色担当のキャラクターのイメージは、なぜかどれも可愛くておっちょこちょいでドジっ子だけれども頑張り屋さんなイメージだ。そしてそんなキャラクターに、幼い私はいつも憧れることができなかった。
その代わり、2番手、3番手、時には5番手くらいの青や緑、黒担当のキャラクターの方が好きだった。それが男の子であっても女の子であっても変わらなかった。
その色を担うキャラクターはどれも冷静沈着でしっかり者、どんな課題にぶつかってもそれを着実にこなしていた。主人公よりは影が薄くても、こんなヒーローの方が私にとっては憧れだった。

赤に近いピンク色は、私の“ピンク色”の概念を崩した

そんなあるとき、母から「ピンク色のポーチ欲しい?」と聞かれた。案の定、私はそれに難色を示したことを覚えている。
小学生当時、ピンク色に伴ってイメージするのはふわふわの生地やフリル。そのようなものになんとなくの苦手意識を持っていた私は、ピンクなんていかにも女の子って感じの色じゃんと真っ先に思ってしまっていた。私には似合わないし、それを身に着けたくない……。

しかし、そう思った矢先に出てきたのは、そのころの私が想像するような柔らかい、桜色のようなピンク色ではなかった。
出てきたのは、ピンクよりも赤に近いような、ぱきっとしたピンク色。それは南国に咲くハイビスカスのような、宝石のルビーをお日様に透かしたような色だった(実際にルビーを陽に透かしたことはない)。

この出来事は、私の“ピンク色”という概念が崩された出来事であった。
幼いころは、ピンクといえば桃色や梅や桜の花弁の色だった。そのようなピンク色に対する私のイメージは、可愛くてあどけない、そして献身的な色。幼いころから自分も周りを巻き込んでばりばり頑張る、いわゆるキャリアウーマンのような女性に憧れがちだった私にとっては、しっくりくるものではなかった。

私の中で薄いピンク色は、今この年齢になってもまだまだマイナスなイメージの方が強い。どうしてだか薄いピンク=弱々しいと連想してしまうのだ。
でも、今はそれだけではない。
ピンクの幅広いグラデーションの中でも私は濃い、ビビッドな色は私にとっては自分で輝こうとする色。そして薄いピンク色よりはこの色の方が私は似合うし、好きだ。

ピンクか水色かの二択だった私を卒業。色を知り、世界を広げる

この出来事以来、私のなかで色の世界は広がった。なんとなくであるが自分に似合う色があることに気づき始め、なぜか自分が似合う色も自分が好きな色となっていった。
さらに数年が経ち、大学生となった私は自分の肌トーンが“イエベ秋”ということも知った。落ち着いた、暖かみのある色が似合うらしい。
知らず知らずのうちに自分の似合う色を自分で見分けていたことを、ちょっぴり誇りに思ったことをよく覚えている。

そして大人になった今、色を自分で選ぶときの選択肢も増えた。
ランドセルは赤または黒色、選ぶ服の色はピンク色または水色というように二択で決める必要はない。そんな今はピンクや水色のような淡い色よりもショッキングピンクやワインレッド、オレンジのようなビビットな暖色系や緑色を選びがちだ。そして好きな色の方が自分に似合う気がする。
今の私のお気に入りは、濃いローズピンクのような、朱色よりのコーラルピンクのようなヨガウェアとヨガマット。これが今の私の元気の代名詞となった。
そして私は日本の文化が好きであるが、好みは東南アジアやスペイン、メキシコのようなカラフルで色とりどりな装飾、など自分の好みも知ることができた。子供の頃よりも知っている色も選べる色も増えたし、広がった。

大人になった私は、幼いころのテレビ番組に出てくるような可愛げのあるようなピンク色を纏う私ではないし、昔ながらのヒロインになりたいと思う自分ではない。どちらかというと今の私のピンクはホットで鮮やかな人目を惹くピンク色を纏いたい。
これはこれでいい。ピンクか水色かの二択しかなかった私はもうとうの昔に卒業し、世の中の様々な色を知るたびに私の世界はまた一つ広がって行く。