ルーブックキューブを早くそろえられたら、いい関係が築けるかも

片手に収まるサイズの立方体。中に何も入っていないかのような軽さのそれは角がとられていて、手に取ると馴染む。6つの面はそれぞれさらに小さな九つの四角に分けられて、白色、緑色、赤色、オレンジ色、青色、黄色の6色のシールが貼られている。
ルービックキューブ。
両手で持ってねじるように軽く力を入れると、プラスチックがすれる音をわずかに出しながら回る。

「お店で配布してたやつだから。よかったら差し上げますよ」
彼の部屋で過ごしていたある日のことだ。手の中で完成したルービックキューブを置いて、彼は棚から箱に入った片手に収まるほどのサイズのものを取り出して私に手渡した。
家に帰ってキューブと一緒にもらった説明書を見ながらやってみると、バラバラになった6面が見事、最初と同じそれぞれきれいな一色にそろった。それでも1時間以上かかった。
やればできるじゃん。
彼に1歩近づいたようで私は嬉しかった。ルービックキューブを早くそろえられるようになったら、今よりもいい関係が築けるかもしれない。同じ話題で盛り上がったり、タイムを競ったりできるかもしれない。今思えば馬鹿みたいだが、当時は呑気にそんなことを考えていた。

ルービックキューブが目に入ると、彼の姿が浮かんだ

もらったキューブを練習していることは言っていなかった。練習といえるほど積極的に頻繁に使用していたわけではなかったから、もらった手前、後ろめたかったのだろう。
打ち明けずに上達してから話したかった。枕元にキューブを置いて、時間があるときは練習するようにしていた。
ふとした瞬間、ルービックキューブが目に入ると、彼がキューブをいじる姿が浮かんだ。大きな両手の間、指先で支えられた立方体は、心地よい音を立てながら右へ左へ上へ下へとくるくる回る。時折、手首をひねって立方体の全体を観察する。そうこうしている間に色がそろってきて、それぞれの面がそれぞれの色できれいにそろう。
彼がキューブと戯れるのを見るのが好きだった。自分にはできないからという気持ちからくる憧れや、その真剣なまなざしがかっこよかったという理由もあるが、何より彼が楽しんでいることがその様子から窺えたからだと思う。

時々、手に取る。触れるだけで彼との時間を少し思い出す

今では、私が6面そろえてクリアをすることはない。手順書通りにやってもうまくいかない。1面そろえるのが関の山だ。
昔ほど諦めずに続けることができなくなった。4、5回やってみてダメならキューブを投げ出してしまう。その度に、私が彼との関係を諦めてしまったことが浮き彫りになるようで嫌だった。そろえようと、もがけばもがくほどに苦しかった。
無理なものは無理なのだ。色をそろえることも。私と彼の関係を繋いでおくことも。

それでもルービックキューブはずっと寝室の枕元にある。
置き場所に困っている。そろえるゲームとしてこの世に存在しているのに、持ち主である私にそろえることはできない。はっきり言って手に余っている。
それでも捨てることもできない。

時々、手に取ってみる。触れるだけで、彼との時間を少し思い出す。
一緒に見たもの、食べたもの、彼の部屋で過ごした時間。どれも愛しい。もう触れられないかもしれない。恋人といった特別な関係にはならなかった。なれなかった。お互いきっと想いあってはいなかったし、この先想いあうことはない可能性のほうが大きい。
それでも、捨てることはできないだろう。キューブに触れることで思い出せる彼がくれた時間は、彼を想わなくなったとしても、私にとって愛しいものだから。