眠れない夜の理由。
この言葉を聞いただけで、仕事で本当に心が死んでいた日々を思い出した。
いや、今も死んでいるのかもしれない。
けど、多分、あの頃とは「死に方」が違う。

会社を休むことができない。眠れない夜が続く

研修期間を抜け、この職責に着いたばかりのあの頃。
荒野に放り出された家畜の気持ちってこうなのかな?と思う日々。もちろん本当のとこは分からないが。
分からないことを分からない、と言えない空気の中で、いきなり大手の取引先を全面的に任され、どうしていいか分からなかった。

突発的に取引先から質問が来ても、マニュアルにないものなら「持ち帰ります」としか言えなくて、申し訳なさで心が張り裂けそうだった。

元々、ストレス耐性は強い方だと自負していた。だからこそ、営業職というものを選んだし、男社会の会社に身を投じた。初めてだった。朝起きて、会社のことを考えただけで、お腹が痛くなったのは。

「今日、カイシャ、休みます」
……この一言が、言えなかった。

周りの先輩を見ると、私より沢山の仕事を抱えて、でもちゃんと成果も出している。
それに比べて、私は、私は、私は……。

こういう日々が続き、何度も何度も「明日なんてこなければいいのに。朝なんてこなけれ」と思った。寝たくない。寝たら、明日の朝がきてしまうから。
でも、寝られないと明日に響く。わかってる。でも、朝になったらまたカイシャに行かなきゃ。嫌だ……。
そんなことを考えながら、毎日オルゴールを掛けながら眠りについていた。寝落ちしていた、という表現の方が正しいのかもしれない。

産業医との面談での気づき。失敗してもいいんだ

そんなある日、会社のストレスチェックに引っかかった。産業医との面談を必須とする、という人事部からの回答だった。
何だか、ホッとしている自分がいることに、正直驚いた。部下のストレスチェックポイントが評価に響く上司は驚き、何度も何度も私に、「面談をしよう」と持ちかけてきた。時すでに遅し。私は、迷わずに産業医との面談に向かった。

部屋に入って、私の顔を見た産業医の先生が一言。
「よく、頑張っているね」
その言葉で、張り詰めていた心の糸がプツッと切れ、その場で涙がポロポロとあふれ出た。
落ち着いたタイミングで、その時に置かれた状況を話した。周りには本当に感謝していること、自分の理想と現実のギャップに死にそうだということ。寝られないということ、などなど。

一通り聞いた先生が、
「正直、君の心のことを思うと、休んで欲しい、というのが本音だ。でも、君はどうしたい?」
と聞いてきた。私は、
「今休んだら、益々理想と現実のギャップに、殺されてしまうかもしれない。頑張り方を教えてください」
と答えた。

暫く黙った先生が、「頑張っちゃダメだ、と言っても、君は無理だろうね。いいかい、君が仕事で失敗しても、世界は滅びないんだ。失敗はしてはダメなものではない。学んでいくものなんだよ」と教えてくれた。

――真髄だと思った。

その当時、私は、「私がもし失敗したら、上司に迷惑がかかる。会社に大ダメージだ」と考えていた。
確かにそうだ、私がひとつ失敗したとて、朝はまた来る。寧ろ、失敗からのリカバリに、大きなヒントがあるのではないか、と思った。
勿論、失敗は全面的に良しとするものではない。失敗をしないための準備も、大切な仕事だ。常にリスクヘッジをする、大切さも同時に考えるきっかけになった。

眠れない夜があったからこそ、頑張れる今がある

「今も死んでいる」という、言葉の意味。
それは、今は仕事が楽しい、と思える時が増えているからだ。まわりに「仕事が楽しい」と言うと、「大丈夫?」と笑って聞かれることが多い。友人曰く、「侵されている」らしいのだ。

あの当時は、家に残業を持ち帰り、仕事とプライベートの境界線があやふやだった。常に気が抜けない時間を過ごしていた。
今では、仕事をしている時の私と、プライベートの私を常にきちんと分けるようにしている。そうすることで、スイッチが切り替わり、仕事にもプライベートにも、全力で向き合えるようになった。

今でも、「失敗」は怖い。
でも、あの時感じていた怖さとはまた違う。
あの眠れない夜は、私に今、がんばる力を与えてくれている。