「挨拶は、女性からするもの」

個別面談で、上司の口から出た言葉に私は面食らった。

私は会社に着き、自分が働くフロアに入ると必ず挨拶をしていた。なので、そんなことを、特に女性から挨拶をしろなどという差別的な発言を言われる理由に心当たりがなかったからだ。

挨拶をしないわけじゃないのに。上司の非合理的な指摘に無言になる

唖然としている私に向かって、上司は言った。
曰く、私は会社に来て席につく際に挨拶をせず、自分のところにも挨拶に来ないと。
さらに私は無言になった。

私の課には、私を入れて2人しかおらず、もう1人は私より後に来るため必然的に、その方が挨拶をしながら席に来る。
私の向かいには誰も座っておらず、隣の席の人もほとんど私より後から来るため、挨拶をされることが多い。
そのため、自分の席に着くときは、自然と無言になる。だって、周りに誰もいないのに、誰に向かって話しかけるのか。

上司への挨拶は、わざわざ個別に上司の席まで挨拶に行く意味がわからない。
私の席は、上司の席から離れた位置にある。
姿は見えないし、私が出社すると席にいないことも多いので、必ず全員が出席する朝礼で挨拶した方が合理的だ。

思わず、席の両サイドは自分より後に出社すること、上司の離席のタイミングと出社の時間が重なりすれ違うことがないことをやんわりと伝えた。

プライベートにずかずかと入り込む上司の言葉に私の心は死にそうに

すると上司は、私に向かって「挨拶は基本でしょ。そう習わなかったの?」と言ってきた。

私はその言葉に、心の奥を踏みつけられたような気がした。

私の家は母子家庭で、幼少期から親との生活のリズムが違うため、朝晩の挨拶はほとんどしない。
学校で習うのは、朝礼などの挨拶だけ。挨拶週間なるものはあったが、それが生徒の間で、意味をなしたことはなかった。

無言になっていると、上司からさらに、一言。

「あー、君はそういう環境にいなかったんだ。」

その発言に、私の心は死にそうになった。
私のプライベートに、無断で、しかもかなり横柄で無礼な態度で踏み入られたからだ。

私は元々、社交的な方ではない。友達は片手で足りる程度しかおらず、学生時代は朝学校に着いたら、親しい友達としか挨拶せずに会話をしていた。
それでも別に、朝礼で挨拶をするから、クラスメイトに話しかけるのにわざわざ挨拶から入ることはなかった。それは、相手も同じだった。

私は学生だったのはほんの数年前だが、挨拶の重要性は解かれても、それが本当の意味で身につくような出来事はなかった。

挨拶はあくまでも、挨拶だ。
一日に何度も、周りに媚びへつらうようにすることを強制されるものではなかった。

挨拶は早い者勝ちでも媚びへつらうためのものではない

そもそも、挨拶は“早い者勝ち”じゃない。
目があった方から、なんとなく出るものだ。
“おはようございます”の一言は、その日、その人に合った最初の時だけでいい。
別に、誰かに競うように何度も口にする必要はない。

心が、冷たくなった。
無言を貫く私に向かって、上司は勝ち誇ったように言った。

「そもそも、挨拶は女性からするものでしょ。特に、男性の上司には。」

私の上司は男性だ。
だから、この言葉が暗に「どうして朝一番に、自分の席に挨拶に来ないのか」と言っていることがわかった。

あぁ、結局。
この人は、女の部下が男の上司である自分に、朝から媚びへつらいに来ないことに腹を立ているのだ。
なんて古い考えなんだろう。

こうやって、無意味な習慣が生まれるのかと私は悟った。