「この学校に入るんだ」。校門をくぐった瞬間から高校の虜に
私にとっての今までで一番大きな決断はやはり、高校を決めたときだろうか。
あの高校に行っていなければ、高校を卒業した今でも夜な夜なおしゃべりしたり、ふと思い出して彼らのために勉強しておこうと新しい分野の勉強をしたり、このフレーズ気に入ったなと読んだ本を送ったりするくらいの良い友達はできていない。
決断、といっても、そんなに真面目に決めたわけではなかった。大好きだった先生に勧められたから、中学3年生の秋に高校見学に行った。その時、校門をくぐった瞬間から、私はその高校の虜だった。
きれいな校舎、公立にしてはかっこいい学校名、部活には知り合いの先輩もいて、「あっ。私、この学校にはいるんだ」と思った。他に何も考えていなかった。
幸い、私はもともと頭もよかったし、内申もよかったので、特に苦労することなく入学することができた。
入学してから、毎日1時間40分かけて学校に行った。勉強するために始発に乗っていたので、まだ日も昇らず暗い中家を出て、日が沈んで真っ暗になってから家に帰る毎日だった。それでも毎日の部活は楽しかったので頑張れた。
友人と濃すぎるくらいのおしゃべりをした放課後は私の宝物
高校生活で一番楽しかったのは、3年生だったと思う。6月に、とても頑張っていた部活を引退してからは、毎日受験勉強をしていたけれど、それでも楽しかった。
周りの友達に恵まれていた。一緒に放課後勉強をしていると辛くても頑張れた。とはいっても半分くらいの時間はおしゃべりをしていたけれど。
おしゃべりの内容もとても濃かった。濃すぎるほどだった。よく、友達と政治や宗教や哲学の話をして盛り上がった。もちろん高校生らしく恋バナにも花が咲いた。彼らとの放課後の時間は私にとっての宝物だ。
普通の高校生ではしないような話を、あの頃の私たちはたくさんしていたし、それがとても楽しかった。女子高生2人で学校帰りにラーメン屋に入り、政治について一時間半語り合ったり、受験明け、久しぶりに会ってお互いに口から出た言葉が、ウクライナ情勢について意見が聞きたかったんだ、だったり。
学校でとっている新聞四紙を読み比べて、勉強の息抜きをしたりもした。人間が永遠の命を手に入れたらどうするか、夢の世界で生きていけるように脳みそをいじる研究をしたい、という話や、生きること死ぬことについて話したり、本当に本当に楽しかった。
もし別の高校に行っていたら、私はどうなっていたんだろう
私は3年生の冬、共通テストが終わってから文転を決意した。実はこれも彼らに背中を押してもらった。
中学生の時から、私は看護師になりたいと思っていた。しかし、彼らとおしゃべりをしているうちに、哲学的なことを考えるのが楽しくなってきた。そこで看護を学びながら分野を超えて講義を受けることのできる大学を目指していたのだが、片手間でやるのではなく、全力でやりたい、と思い始めるようになった。
小さいころからの夢だった看護の道に進まない、と決めることに勇気は必要だったが、それ以上に友人との会話が楽しかった。大学ではこんな仲間がたくさんできるのかな、と夢をもって進学を決めた。
途中でコロナという大事件が入ってしまったため、悪いこともあったかもしれない。それでも、私の高校生活は、全力でやった部活と文化祭と友人と過ごしたあの放課後の思い出で、とても充実したものだった。
もし別の高校に行っていたら、どうなっていたんだろう。必ず言えるのは、彼らに出会うことは決してなかったということだけ。後のことは何もわからないけれどあの時の私の決断があったから、今の私があることは確実に言えそうだ。
本当に楽しい高校生活だった。
友人たちよ、ありがとう。高校を選んだ中学3年生の私、グッジョブ。