決断することが苦手だった。
決断して周りから否定されることが不安だった。
決断して失敗することが怖かった。
だから私は、決断することを極力避けた。
決断せずに、なんとなく進む道は楽だった。
深く考えずにただ歳だけとっていき、自分の年齢に合った勉強や手伝いをこなすことで、周りから否定されることもなく、ただ淡々と生きることができた。自分の意に沿うことも沿わないこともあったが、私の生活を大きく揺るがすこともなく、ただただ時間だけが流れる。
平穏な日々が送れることは、幸せだと感じていた。
姉の背中を追い続けた。自分で決断するのが怖かったから
私には2つ年上の姉がいた。姉の真似をしていれば、大抵のことがそれなりにうまくいくように感じられた。姉は優秀で、姉のやっていることは周りから見たらいいことばかりだった。だから私は、姉を追いかけた。
追いかける私を可愛がってくれる姉。可愛がってくれる姉のことが好きだった。姉妹で頑張っていると周りから見られることに、悪い気はしなかった。
ただ、優秀な姉は自分で道を切り開き懸命に前へ進み、私はただ姉を追いかけているだけ。
勉強もピアノも習字も絵も弁論も、どれも姉の後を追いかけて始めた。
成績を残せたものもある。でも、どれも私はどこか欠けていた。悪くはないのに。どこか違和感が残る。
「お姉さんより少し劣る」
「妹だからできるんでしょ」
「同じ血が流れているからね」
姉妹で比べられて、姉から始めてたことをやっている私は、できるのが当たり前と思われた。それに、道を切り開こうと取り組んでいる姉と比べたら、私の能力は確実に劣っていた。
薄々気づいていた。姉に及ばないこと。それでも、私は自分で決断することが怖かった。姉と別の道を歩んだ時に、うまくいく気がしなかった。褒められる姉を見て、自分も姉のように褒められたいと思った。だから18年間追いかけた。
でも、とうとう追いかけられないと気づいた。
それは大学受験だった。
どう考えても、私の偏差値では姉の通っている大学には受からない。
悲しかった。自分の能力のなさがこうもはっきりと数字で表されたら、なんの言い訳もできない。
だから高校を卒業した私は決断をした。
姉とは違う私の道を進むこと。
姉がやらないことに挑戦し、自分が認められる嬉しさを知った
大学は自分で決めた。母には「こんな大学……」と否定的な見方をされた。ショックだった。やっぱり決断したら嫌な思いをすると、辛くなった。
でもそれでも、私はもう追いかけるのではなく、進まなければと自分を鼓舞した。
自分にしかできないこと、自分が輝けること、自分にどんな価値があるのか、自分について悩み考え続けた。
そして少しずつ私は、私のできることを見出した。
好きな折り紙でたくさんの作品を作り上げてみよう。公募ガイドで手紙やはがき、イラストなどに応募してみよう。恋愛だってしてみよう。ミスコンにも挑戦してみよう。アイドルだってなれるかもしれない。姉がやらないことにいくつも手を出した。
決断が怖いと思っていたけれど、勇気を出して進み出した私は、以前の私よりも自信を持って前を向いていた。
認められないことも多かった。いや、認められない方が多かった。でも、自分が決断して始めたことに悔いはなかった。それに認められた時の喜びは、ひとしおだった。自分が決めて、挑戦して、それが認められるってこんなにも嬉しいことなんだと気付かされた。
そしてここ最近、決断したこともある。エッセイを書き続けること。
「自分のことを自分の言葉でつづること」
それも、続けていくこと。いっときではない。期限が切れるまで、私はやり続ける。やり始めることも大きな決断だが、やり続けることも大きな決断だ。
私はやめない。自分の言葉で発信すること。
そうやって私は、自信を持って前を向き続けたいから。