こんなはずじゃなかった。私は今、失意のどん底にいる

ひとは、選択と決断の中で生きている。
こんな私だって、生まれてから今日まで、たくさんのことを選択し、決断してきた。だから今の私があると言っても良いのだけれど、例えばそれが、人生を変えるほど大きなものだったとしたら、どうだろう。
私は今、言ってしまえば失意のどん底にいる。「こんなはずじゃなかった」って大きな声で叫びだしたくなるほど、私の心はズタズタに切り裂かれている。毎日しんどい。

結論から言うと、私は今、離婚を前提に夫と別居中だ。
どうしてそんなことになってしまったのか、詳しく話すときっと夜が明ける。まあ簡単に言うと、考え方や価値観の違いだと思う。
やはり子どもができると、今までと同じようにはいかなくなってしまう。決して暴力や不貞行為があったわけではないが、約3年一緒にいて、だんだんお互いにそれに耐え切れなくなってきたのかもしれない。

好き合って結婚して、子どもまでできて一生の愛を誓ったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。そこにはきっと、数え切れないほどたくさんの決断と葛藤があった。

行動力はあるが、別居騒動でも色々と突っ走ってしまった

その話をする前に、まずは自分自身についてちょっと考えてみることにする。

私はどちらかというと、行動力がある方だ。これが良いと思ったら後先考えず突っ走ってしまう。悪く言えば計画性がない。思い切りの良さはきっと誰にも負けないが、一度決めてしまうとそれしか答えが見えなくなってしまうのだ。
即断即決はメリットもデメリットもある、悩ましい傾向だ。考え過ぎて何もできないのもまたたいへんだが……。

そんな私だから、今回の別居騒動でも色々と突っ走ってきてしまった。
決断したその時はそれが正しいと思い込んでいても、後から後悔することはたくさんある。
しかし結婚と違って、離婚はそう簡単に決めるものではない。子どもがいると特に。今後の生活やメンタル面など、考えてやっていかなければいけないことは山のようにある。共に生活を続けて行く中で生まれたお互いへの小さな不満が積み重なり、それを消化しきれずに溜めてしまった結果だと思っている。

生まれてから今日まで数え切れないほどの決断の先に、今の私がある

しかし、私はやり直したい。離婚には同意したものの、心の中ではまだ少し期待してしまう部分が残っているのだ。今後修復可能なのかそうではないのか、その時もまた神経をすり減らす大きな決断をしなくてはならない。

あの時、彼のことが好きだと思ったから付き合って、夫婦になった。この人となら子どもを一緒に育てられると思ったから共に親になった。そして今、この人と生活を続けられないと思ったから一旦離れることにした。

心躍る楽しい決断も、心を削る悲しい決断も、たくさんしてきた。その度にこれで良かったのか、悩んだ日々があった。もちろんこのことだけじゃない。私は産まれてから今日まで、数え切れないほどたくさんの決断をしてきたのだ。
その先に、今の私がある。毎日食べるものも着る服も、これから何をしようかなんて小さなことまで選択と決断の繰り返しだ。
もう駄目だと思った時も、いやまだ頑張れると思った時も、それもまた決断しなくてはならない。そこには想像をはるかに超えるような葛藤や迷いがあることだろう。

このまま夫と離れるのか、それともやり直していくのかはまだ分からない。いつか再び人生を変えるような大きな決断を下すまで、私は私にできることを素直にしていこうと思う。