授業中にふと、好きなバンドと会えるかもと思いついた
大学生の頃、その日私はどういうわけだかうっかり履修してしまった、5限目の授業を受けていた。
眠たいし、お腹も空いてきた。早く終わらないかと時計ばかり気にしていると、ふと、今日は好きなバンドのラジオ番組の生放送日だということを思い出した。
ということはきっと、もうすぐ彼は新幹線に乗って、我が街のラジオ局にやってくる。最近CDのリリースがあったことだし、その話もするのだろう。
バンドマンはよく、CDをリリースすると、自分達のCDの展開ブースを作ってくれているCDショップに挨拶しに行く。そこでパネルにサインを書いたり、ブース前で写真を撮ったりする事が多い。
今日はラジオの放送日。CD発売直後。
ということは、彼はラジオ局に行く前に、CDショップに寄るのではないか?
途端に私の頭は冴え渡り、すべてが見えた気がした。
とはいえ、これから私が店に向かったとして、間に合わないかもしれない。そもそも、今日彼が店に行く確証なんてないし、無駄足になる可能性は高い。どうせそんなタイミングよく会えたりなんかするわけがない。
CDショップで閉店15分前までねばった末、見えた人影は
そうこうしているうちに授業は終わり、私はバス乗り場に向かった。
行き先は家か、駅か。
私はいつも通り、家へ向かうバスに乗り、帰宅した。
そして、買ったばかりのCDとサインペンをバッグに突っ込んで、駅へと向かった。
CDショップに到着し、店内を見回した。推しバンドの展開ブースには、大きなパネルや、店のスタッフの愛にあふれたコメントが飾られていた。メンバーが来店したらしき形跡は見当たらなかった。
私は意味もなく、色々なアーティストのCDを視聴したり、雑誌を立ち読みしたり、あたかも何か目当てのものを探しているかのように店内を歩き回った。
1時間が経過した。一度店を出て、無駄に階段を上り下りしてみた。店に客が出入りする度、心臓が高鳴っては萎んだ。
閉店の時間が迫っている。店内には2、3人の客しかいなくなった。やっぱり今日は来ないのか。もしくは間に合わなかったのか。
閉店15分前。諦めて帰ろうとしたその時、店の入り口に人影が見えた。彼だった。
好きなものに没頭している時、人は輝き、思わぬ運を引き寄せる
スタッフ数人と一緒にやってきた彼は、店のスタッフに挨拶し、展開ブースを見つけると、嬉しそうな顔をした。
パネルにサインを書いて、SNS用の写真を撮って。
ステージ上でしか見たことのなかった彼が今、目の前にいる。驚きやら喜びやらで固まって立ち尽くしたまま、私はただただ一連の流れを見守っていた。声をかけるタイミングを見計らいながら。
店のスタッフも、2時間近く店内に居座った私をファンだと察して、ペンを貸してくれた。気遣いに感謝して、家から持ってきたペンのことは見ないフリをした。
CDの歌詞カードにサインをもらって、少し会話を交わし、握手をしてもらった。ベーシストの彼の手は大きくて、少し乾燥していた。
そして、彼は店を後にした。さすがに後を追うように退店するのは気が引けたので、私は一人、喜びと興奮を抱えながら、階段を使って駅へと向かった。
推しに会えてしまった!なんて日だ。
会えたことももちろん嬉しかったけれど、あの時自分で決断し行動したことで、この結果が得られたことが嬉しかった。
今思い返してみれば、あの時の自分は最高に狂っていたし、最高に輝いていた。
推しに限らず、好きなものを追いかけて、没頭している時、人は輝き、思わぬ力を発揮したり、運を引き寄せたりする。
あの日の決断があったから、思い出す度わくわくする、何回でも語り続けたい程に幸せな思い出を手に入れることができたのだ。